膨大な医療関連投資が巨額の損失を生んでいる

 医療制度は、アメリカを筆頭に大多数の先進国で行き詰まっており、しかるべき対策を必要としている。たしかに、治療技術は大きな進歩を重ねてきた。しかし、それをいかに組み合わせ、いかに患者に提供するかとなると、非効率きわまりなく、また実効性にも乏しく、エンド・ユーザーに不便を強いることが多い。また医療過誤(統計によっては、アメリカ国内における死因の第8位とされている)から医療費負担の増加まで、問題も数多い。

 アメリカの医療費はすでにGDP(国内総生産)の6分の1に達し、経済成長率を凌ぐ勢いで伸びている。医療費の負担は、国家財政、企業のバランスシート、そして人々の家計を圧迫している。しかも、これほどまでの支出にもかかわらず、アメリカには医療保険の未加入者がまだ4000万人以上もいる。

 これら山積する問題の解決策として、医療のあらゆる面、すなわち「エンド・ユーザーへの提供方法」「技術」「ビジネスモデル」の3つの面での、イノベーションが求められている。事実、その解決に向けて膨大な予算が注ぎ込まれてきた。

 たとえば2003年、連邦政府の医療研究費は実に260億ドル近くに上り、国防研究費に次ぐ規模である。製薬、バイオテック、医療機器、医療機関などの民間部門でも、そのR&D費は数百億ドル規模に達している。

 ある調査によれば、新規に起業されたベンチャー企業への投資のうち、エンジェルの比率は、ソフトウエア業界に次いで医療業界が第2位である。実際、医療イノベーションがもたらす果実は大きく、かくも莫大な投資が傾けられているわけだが、現実には巨額の損失を出して、道半ばにして終わってしまう失敗例があまりにも多い。

 顕著な例を挙げれば、いわゆるマネージド・ケア[注1]革命の悲惨な失敗があった。また、バイオテック系のベンチャー企業は累計400億ドルの損失を出している。専門分化した開業医を集めてスケール・メリットを実現しようとした企業もあったが、その多くが頓挫してしまった。

 いったいなぜ、医療分野のイノベーションはこれほどまで成功が難しいのだろうか。この問題を解決するには、問題を小さく切り分けて、イノベーションの種類とそれを左右する要因をつぶさに観察する必要がある。

 本稿では、主にアメリカの医療業界を扱うが、この分析手法は他の先進国の医療問題を分析するフレームワークにもなるはずである。また業界を問わず、イノベーションにまつわる問題を理解するヒントにもなろう。