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本格化しつつあるVoIP
1876年、アレクサンダー・グラアム・ベルが電話機を発明した。それ以来、企業などの法人は、電力や清掃サービス、冷水器用の飲料水と同じく、電信電話サービスを購入してきた。サービスの組み合わせもあれこれ可能で、料金プランも各種揃っている。ただし、このサービスを支配しているのは電話会社であった。
1984年にAT&Tが8分割され、いまでは主要プレーヤーの顔ぶれはがらりと変わってしまったとはいえ、100年来の公衆交換電話ネットワークはそのままにされてきた。そのため、電話サービスの決定権はプロバイダー側に残された。その結果、法人は既存の電話システムに頼っており、それゆえの制約を甘受している。
しかし、状況は急変しつつある。大多数の個人や企業はいまなお従来の一般加入電話を利用しているが、国際電話の約10%は「VoIP」(ボイス・オーバー・インターネット・プロトコル)によるインターネット上の通話であると推定されている。最も顕著な例は、2005年にアメリカ企業が新規購入した電話回線は、IP電話用が初めて一般加入電話用を上回ったことだ(囲み「VoIPの潜在性」を参照)。
VoIPの潜在性
現在、大手通信事業者はいずれも、VoIPを自社ネットワークに統合しつつある。イギリスを代表する通信事業者であるブリティッシュ・テレコム(BT)は、2009年までにはすべてのインフラをVoIPに変換する予定である。
まもなくすると、一般加入電話を利用しても、通話自体は通信事業者のVoIPネットワーク上を行き来するようになる。20年もすれば、いやおそらくそれよりもっと前に、グローバルな電話システムはほとんどがインターネット技術に基づいて稼働するようになろう(図1「VoIPと電話回線の設置数の推移」を参照)。そう、VoIPと電話ネットワークの区別はなくなるのだ。
簡便性と低コストが受けて、一般消費者の間でも、産業界でも急速にVoIPの採用が広がっている。家庭向けIP電話サービスでアメリカ有数のボナージュは、約60万件の顧客を抱えているが、その数は毎週約1万5000件増えている。
多くの新興企業も、AT&Tやベライゾン・コミュニケーションズ、タイムワーナー・ケーブル、コムキャストのような通信会社やケーブルTV会社も、サービス内容を競い合っている。ただし、この分野をリードしているのはけっしてアメリカではない。
たとえば日本では、ブロードバンドが廉価でアメリカよりはるかに普及しており、総世帯の1割以上に相当する400万以上の顧客がIP電話サービスに加入している。また、世界中で3500万人以上がPCに無料のVoIPソフト〈スカイプ[注]〉をインストールしている。
いちばんの注目は家庭用IP電話かもしれないが、VoIPの法人利用も着実に増えている。2004年、バンク・オブ・アメリカは5800の支店や事務所にシスコシステムズ製のVoIP電話機18万台を設置する決定を下した。
ボーイングは15万人の社員がIP電話を使える契約書に署名し、フォード・モーターは1億ドル投下してIP電話5万台を設置する契約をSBCコミュニケーションズと交わした。中小企業の間でも、IP電話の導入は広がっている。VoIPベンダーの最大手であるシスコは、400万台以上のIP電話機を法人向けに販売した。
このような黎明期にあっては、ITROIを重視した投資であり、SFA(セールスフォース・オートメーション)システムや人事ソフトを購入したのと似ている。
VoIPによって、ユーザーも通信会社も、音声とデータで別々であったネットワークを単一の共通インフラに置き換えることで重複をなくせるため、コストが削減できる。
たとえば、音声のトラフィックを伝送するために、通信事業者にそのための料金を支払う代わりに、データ・ネットワークの予備メモリーを使って音声のほとんどを伝送できる。
さらにVoIPでは、通信事業者はみずから一括管理する「交換機」、基本的にはメインフレーム・コンピュータの代わりに、標準デバイスを用いることができるが、この価格は早晩PCのように暴落するだろう。
大企業にとっては、通信費の削減効果はばかにできない。たとえばサン・トラスト・バンクでは、VoIPの採用によって年間500万ドル以上のコスト削減になったという。
コスト削減は重要だが、かといって競争力に差がつくわけではない。シスコでさえVoIPによるコスト削減はわずか15%としている。したがって、ほとんどの企業にとっては、VoIP採用による当初の影響はほどほどであろう。それは旧来のシステムの置き換えや統合による効率性の向上と、通信事業者からの課金を回避することが中心となろう。
【注】
P2Pファイル交換ソフト〈カザー〉を開発した、スウェーデン人のスカイプニクラス・ゼンストームとデンマーク人のヤヌス・フリイスが設立したスカイプ・テクノロジーズが開発した、P2P技術を応用して各コンピュータ間で独立した通話を実現した音声通話ソフト。
VoIPは、単に電話が安くかけられるようになる新規技術というだけにはとどまらない。この技術が強力なのは、通話をデジタル・データのパケットに変換し、これを保存、検索、操作、コピーはもとより、他のデータと結合することもできるからである。のみならず、インターネットに接続できる機器であれば、何にでも配信できる。要するに、音声のワールド・ワイド・ウェブだと考えればよい。
インターネット・プロトコル、すなわちIPとは、簡単に言えば、デジタル情報を符号化する方法を規定した技術標準のことである。そのためVoIPは、他のインターネット・ベースのデータやシステムとシームレスに交信できる。
このように申し上げると、「技術的な問題だから、CIO(最高IT責任者)に任せておけばよい」と思われるかもしれない。では、これを聞いて、いかに思われるだろう。VoIPは音声をインターネット用のデータ・パケットに変換するため、ほとんどの企業がいまなお利用している融通の利かない一般加入電話に代わりうる。いや、必ずや代替する(図2「一般加入電話とIP電話の違い」を参照)。