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ボトムアップで社会を変えることを説明する理論
今回はソーシャルムーブメント理論を解説する。ソーシャルムーブメントはその名の通り、社会運動のことを指す。社会運動とは、特定の目的・価値観を持つ人が「社会を変えたい」という意志の下、集団的・組織的に活動することだ。
この理論の含意を筆者なりに言えば、それは「ボトムアップでも、世の中を変革することは不可能ではない」ということになる。一般に一個人は、自分では世の中など変えられないという無力感に陥ることも多い。自分を取り巻く社会は非常に大きな存在で、自分から見て課題があっても、それを変えるのは途方もない作業に思える。
しかし実は個人でも、仲間を巻き込み、集団・組織として大きなうねり、すなわち社会運動を起こしていけば、やがて変革をもたらすことは不可能ではない。
事実、歴史を遡ると、草の根のボトムアップ活動が大きなうねりとなり、社会を変えてきた事例はたしかに存在する。戦後であれば1960年代に米国で起きた公民権運動がそれに当たるだろう。その後も環境保護運動、フェミニズム運動、ヴィーガニズム運動、最近であればLGBT運動、MeToo運動など、さまざまな社会運動がボトムアップで生まれ、少なからぬインパクトを世の中に与えてきた。
世界の社会学では、社会運動がどのようなメカニズムで拡大し、どうすれば社会変革に寄与できるかについて、さまざまな研究が行われてきた。その始祖といえる一人は、カリフォルニア大学バークレー校の社会学者ニール・スメルサーだ。彼が1962年に刊行した『集合行動の理論』は当時の社会運動を描いた代表的な一冊だ[注1]。
しかし、のちに詳しく解説するが、スメルサーの視点は社会運動を単に感情的・非合理的な集団行動として捉えていたことが課題だった。一方、1970年代、80年代以降に「資源動員理論」「政治過程理論」「フレーミング理論」などが登場すると、成功する社会運動とは感情任せではなく、戦略的な集団行動であると捉えられるようになり、一気に理解の精緻化が進んだ。現代では成功する社会運動を戦略的なプロセスとして捉え、それを説明する理論の総合体を包括して、ソーシャルムーブメント理論と呼ぶ。
そして、この社会学で発展してきたソーシャルムーブメント理論が、いま経営学に応用され始めている。しかしその歴史はまだ浅く、二十数年程度である。その意味で、この理論を「世界標準の経営理論」と呼ぶには、時期尚早かもしれない。
とはいえ、筆者はこの理論を2つの理由から、本連載で取り上げたい。第1に、近年になってビジネスの世界でも、社会・環境に対する課題を見出し、その改革をボトムアップで促す企業が出てきているからだ。