増田 ケイパビリティでは、TRANSFORMの弱さが日本企業の大きな課題です。当社で実施した大手日本企業20社・約600人のアセスメント結果を分析したところ、TRANSFORM推進に必要なコンピテンシーはそれなりに採用が進んでいるにもかかわらず、その発揮度はPERFORMと比べてかなり低い結果でした(図表3)。
田中 PERFORMとTRANSFORMの両立は、非常に難易度が高いテーマですね。というのも、この2つは目標に対する志向性がそもそも異なるからです。
目標に対する志向性は、「業績目標志向性」と「学習目標志向性」に分けられます。業績目標志向性を持つ人は、明確な成果を追い求め、高い山の頂上を目指すようなタイプで、PERFORMの思考に近い。一方、学習目標志向性を持つ人は新たな山を登るプロセス自体に興味があり、未知の挑戦に好奇心を持つタイプで、TRANSFORM思考といえます。
仮に、この2タイプに既存事業と新規事業のどちらかを選ばせた場合、業績目標志向型は成果が見えやすい既存事業を選びやすく、学習目標志向型は未知の世界である新規事業に魅力を感じる傾向にあります。また、課題や失敗に直面した時の反応にも違いがあり、業績目標志向型は失敗を自己の能力不足と捉えがちで早期に撤退してしまう傾向があります。学習目標志向型は失敗を「学び」として捉え、試行回数を重ねることができるため、不確実性の高い新規事業でも結果として成功に至る可能性が高いのです。
経営幹部は配役の一つ。「5つの経験」がカギ
増田 つまり、TRANSFORMの弱さを克服するには、学習目標志向性を意識した育成アプローチが求められるということですね。当社では、世界の経営人材の性格特性も調査していますが、変革型リーダーには幅広い好奇心・探究心を示すメンタルアジリティや、変化志向性の強いチェンジアジリティが高い人が多いことが判明しており、学習目標志向性を持つ人の特性に近いのかもしれません。
田中 経営人材の登用において性格特性のアセスメントは極めて重要です。業績を挙げたという理由だけで、パーソナリティ的に不向きな人を経営幹部に起用してしまうと、本人にも組織にも不幸な結果を招きかねません。そもそも経営幹部とは、あくまで組織内の「配役」にすぎません。ですから、できるだけ早期に、たとえば20代から性格特性を一つの重要な判断材料として活用し、経営人材候補を選抜・育成するタレントプールの運用が必要だと考えています。
増田 今回のアセスメント結果の分析でもう一つ興味深かったのは、TRANSFORMに必要なコンピテンシーである「ネットワークの活用」の採用率も発揮度もともに低い傾向があったことです。私の体感的にも、欧米企業と大きな違いがあるところです。
田中 同質的なコミュニティの中で信頼を積み上げてきた人ほど、外のネットワークに出ることに抵抗を感じやすい傾向があります。しかし、いまや社内のリソースだけでは戦略的なチームをつくれない時代です。社内外の多様なステークホルダーと協働しながらビジョンを実現していくためには、ネットワーク形成の必然性を理解し、若手のうちから意識的に越境学習や他流試合の経験を積むことが大切です。
増田 TRANSFORMのケイパビリティも併せ持つ経営幹部を育成するためには、どんな方法が考えられるでしょうか。
田中 大切なのは「発達的挑戦課題」といわれる5つの経験を積ませることです。1つ目は不慣れな業務環境への挑戦。2つ目はこれまで背負ったことのない大きな責任を負う経験、言わば「最後の砦」に立たされるような意思決定をする経験です。3つ目は重い責任を負いながらも行使できる権限が限定された環境でチームを率いる経験。特に「リーダーシップはポジションではなく影響力である」ことを体得できる経験です。4つ目はトラブルシューティング。5つ目はそうした環境下で何らかの変革を成し遂げる経験です。
増田 意図を持って経験をデザインすることで、学習目標志向性を高めながら、全社経営の視点を養うことができそうですね。
田中 加えて重要なのは、単に経験を積ませるだけではなく、それを内省し、意味づけ、行動に変える「経験学習サイクル」を回すことです。そのためにはコーチングやメンタリングといった伴走的な支援も効果的です。
経営人材育成にはそれなりの時間が必要です。今日では人材の流動性も高まり、早期離職リスクも無視できません。その意味でも、できるだけ早い段階でポテンシャルのある人材は経営人材育成のプールに入れ、さまざまな経験を通じて適性を見極めながら、本人と組織にとって最適なポジションを見出していくことが、PERFORMとTRANSFORMを同時推進する力につながるのではないでしょうか。
増田 20代からの経営人材育成というのは、私たちも常々申し上げているところです。早期にパーソナリティレベルで経営者適性に当たりをつけ、「発達的挑戦課題」に挑む機会を提供、継続的に「経験学習サイクル」を回していく。長期的かつ包括的な取り組みが求められますね。そのためにも、「まず箱をつくる」の原則に従って自社らしい人材要件を定義し、関係者で共通認識を持つことが大切です。
私たちもそれらのプロセスをお手伝いすることで、日本企業の企業価値向上や競争力の強化に貢献していきたいとあらためて痛感しました。本日はありがとうございました。
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