【HBR CASE STUDY】

[コメンテーター]
ジョージ T. ミルコビッチ(George T. Milkovich)コーネル大学 マーティン P. キャザーウッド記念講座 教授
ジェフリー・アラン・ティネス(Jeffrey Alan Thinnes)マニュジェスティックス・セントラル・ヨーロッパ マネージング・ディレクター
ジョセフ・ヤッフェ(Joseph Yaffe)レイサム・アンド・ワトキンス法律事務所 パートナー
ディートマール・ココット(Dietmar Kokott)BASFグループ シニア・バイス・プレジデント

[ケース・ライター]
ブロンウィン・フライヤー(Bronwyn Fryer)ハーバード・ビジネス・レビュー シニア・エディター

*HBRケース・スタディは、マネジメントにおけるジレンマを提示し、専門家たちによる具体的な解決策を紹介します。ストーリーはフィクションであり、登場する人物や企業の名称は架空のものです。経営者になったつもりで、読み進んでみてください。

社内に波紋を呼ぶ引き抜き工作

 ドイツの巨大ソフトウエア会社、テュープバーレの人事責任者レナーテ・シュミットは、本社ビルの15階にある自分のオフィスの窓の前に立ち、シュトゥットガルトの丘と緑のシュバーベン・アルプスを眺めながら顔をしかめていた。

 夕暮れ間近で、丘には薄いもやがかかり始めている。また、彼方の積乱雲が激しい雨が降ることを告げている。「まるで私の心みたい」と彼女は思った。「いまにも嵐になりそう」

 レナーテは机に戻り、冷たい革の椅子に座り、電話を見つめた。彼女が抱える問題はもつれた糸のようだった。ほどこうとすればするほど絡まっていく──。

 先ほどテュープバーレのヨーロッパ地域マーケティング担当責任者であるユルゲン・メールから電話があり、ある採用予定者に関する不満を聞かされていたのだ。

 その人物──彼自身が太鼓判を押した人物にもかかわらず──アン・プレボーは、躍進著しいアメリカのソフトウエア会社、XONテクノロジーズのマーケティング・ディレクターである。彼女は2002年度の広告キャンペーンにおいて、ほぼ独力で同社の売上げを大きく伸ばし、テュープバーレに打撃を与えた張本人だった。

 ドイツに本社を置く巨大ソフトウエア会社が好条件を提示したいま、アンには船を乗り換える準備ができていた。彼女は素晴らしい掘り出し物になるに違いない。