専門知識が企業の発展を左右する

 AIにより専門知識(エクスパティーズ)のコストが下がり入手しやすくなっているために、企業の組織と競争のあり方が根本的に変わりつつある。「企業とは何か」を最も基本的な単位で考えると、個々のタスクを達成するために組織化され、差別化された専門知識のまとまりと捉えることができる。この専門知識は、企業の中でさまざまな形で存在しうる。筆者らはこれを、ある特定の領域における深い理論的知識と実践的ノウハウの組み合わせと定義している。

 たとえば診療所の場合、患者を素早く正確に診断するための医学知識だけでなく、診療所を運営するための経営能力も必要である。ソフトウェア会社の場合、自社製品を市場に投入するためには、ソフトウェアエンジニアリングだけでなく、マーケティングや営業、オペレーション、財務の専門知識も必要だ。

 企業は持てる専門知識を大規模かつ効率的に活用し、顧客の課題を解決することによって価値を創出している。一般に企業はさまざまな領域の専門知識を持つが、大半の企業は、自社の競争優位の土台となる一握りの活動において独自の熟練した能力を発揮することにより、差別化を実現している。

 トヨタ自動車の場合、リーン生産方式に関する優れた専門知識が、世界屈指の自動車メーカーに成長する力になった。ウォルマートは流通、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は消費者マーケティング、エヌビディアはグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)設計の分野で優れた専門知識を確立してきた。

 企業の発展を左右するのは、専門知識の発展である。競争に終わりがないことを考えると、企業が存在意義を失わずにいるためには、専門知識の展開の仕方を継続的に改善していかなければならない。筆者らは、新たな専門知識が市場で成功する必須条件となり、既存企業の競争優位が損なわれる例を何度も目にしてきた。

 ノキアは2007年の時点で、携帯電話市場の40%を占めるグローバルリーダーだった。同社はハードウェアの専門知識と高度に調整された製造プロセスを駆使し、巨大な規模の経済と範囲の経済を生み出すことによって、競争優位を獲得していた。しかしスマートフォンの時代が到来すると、それとは異なるタイプの専門知識、特にソフトウェアに関する専門知識が求められるようになった。

 一貫性のあるソフトウェアエコシステムを設計して発展させる専門知識を確立できなかったノキアは(モトローラやソニー・エリクソン、ブラックベリーといった実績ある携帯電話メーカーとともに)、アップルやサムスンなどiOSやAndroidを利用したデバイスのメーカーに、あっという間にほとんどのシェアを奪われてしまった。

2つの基本的な力が企業のあり方を決める

 どのような企業であれ、成功するためには、重要な領域で専門知識の最前線を走り続けることが欠かせない。しかしテクノロジーの進歩により、それを困難にする2つの基本的な力が生まれている。