-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
-
PDFをダウンロード
「マルボーロ・フライデー」の真相
アナリストたちは、その日を「マルボーロ・フライデー」と呼んだ。1993年4月2日、フィリップ・モリスは、紙巻きタバコの自社トップ・ブランド商品を、アメリカ国内で2割値下げすると発表した。また同時に、国内向けの宣伝予算を大幅に拡大するとも宣言した。
フィリップ・モリスの最大のライバルであるRJレイノルズ・タバコ(以下RJR)は、さっそく自社のトップ・ブランドである〈キャメル〉〈ウィンストン〉を値下げし、国内広告に金を注ぎ込んで対抗した。
値下げ競争によって、両社とも数千万ドル規模の減収に見舞われたが、はたしてフィリップ・モリスが〈マルボーロ〉を値下げした狙いは、本当にアメリカ国内シェアの獲得にあったのだろうか。RJRの手元のキャッシュが淋しくなってきたまさにその時、フィリップ・モリスはロシアや東欧諸国に総額8億ドルを投じ、激しい攻勢をかけていたのである。
国内シェアの確保に資金を振り向けていたRJRに対抗の術はなかった。そして、フィリップ・モリスはやすやすと東欧市場を陥落した。
それから10年後、かつてフィリップ・モリスがRJRを手玉に取ったのと同じ作戦が、ここかしこで見られるようになった。
事実、今日の多国籍企業の間で繰り広げられる競争を眺めていると、グローバル市場における、言うなれば「3次元チェス」の趣がある。