ポスト・ヒーロー型のリーダーシップの台頭

 今回はリーダーシップの理論を取り上げる。リーダーシップは、すでに2019年に刊行した拙著『世界標準の経営理論』で紹介した。にもかかわらず、なぜあらためて取り上げるのか。まず、主な理由が3つある(それ以外の理由は後述する)。

 第1に、近年になって新しいリーダーシップの理論が台頭し、研究の蓄積が進んできたからだ。実は、本稿で取り上げるリーダーシップの理論の一部は、拙著で取り上げることも検討していた。しかし、当時はまだ研究の蓄積が十分でなかったこともあり、掲載を見送った経緯がある。今回、あらためて直近の研究を調べる中で、蓄積されてきた研究全体をレビューするような論文[注1]が出てきたこと、学者の間で新しく登場してきたリーダーシップ論の重要性についてコンセンサスが形成されてきたことなどから、掲載に値すると判断したのだ。

 第2に、SDGs(持続可能な開発目標)などに代表されるように、近年は日本企業にさらに高い社会性と倫理性が求められているからだ。今回紹介するリーダーシップ論は、社会性や倫理性と直結する。従来型のリーダーシップ論は、倫理・社会的な側面が十分に取り込めておらず、それだけでは今後の日本で期待されるべきリーダーシップ像を十分に説明できない可能性があると判断した。

 第3に雇用が流動化し、またデジタル化が進展するなど、変化が激しい中で、日本でもリーダーのあり方が多様になっていくことが予想されるからだ。今後は、従来型の「強い」リーダーだけが社員から尊敬され、信頼されるとは限らない。むしろ社会に誠実であったり、自身よりも従業員を大事にしたりするような「優しさのあるリーダー」がフォロワーから支持され、企業に変革をもたらす可能性もあるだろう。

 まとめると、拙著で紹介したリーダーシップ論(=主に1990年代までに確立されてきたリーダーシップ論)は、基本的に力強い、カリスマ型のリーダーシップが主流だった。あるいは「リーダーが上、フォロワーが下」という明確な関係が前提であった。経営学では、こうしたリーダーシップスタイルを、heroic leadership(ヒーロー型のリーダーシップ)と呼ぶことがある。

 対して、今後は誠実さ、自身への正直さ、他者への思いやりといった、従来の強いリーダー像と異なるリーダーが求められてくる可能性がある。これをpost-heroic leadership(ポスト・ヒーロー型のリーダーシップ)と呼ぶ。ポスト・ヒーロー型リーダーシップの中でも、特に近年の経営学で研究が進んでいるのが「エシカル・リーダーシップ」「サーバント・リーダーシップ」「オーセンティック・リーダーシップ」だ。今回は、この3つのリーダーシップ論を中心に解説していく。

 ただし、そのベンチマークとして、拙著で解説した「トランスフォーメーショナル・リーダーシップ」の理解は不可欠だ。いま一度簡単に解説しておこう。

トランスフォーメーショナル・リーダーシップ
(transformational leadership)

 20世紀の経営学のリーダーシップ研究において、トランスフォーメーショナル・リーダーシップ(tranformational leadership:TFL)は、おそらく最重要のリーダーシップ概念といえる。リーダーシップ論の変遷については、拙著の第18章をご覧いただきたい。そこで述べた通り、1940年代から始まったさまざまなリーダーシップの研究を経て、経営学者がたどり着いたのがTFLである。