絵空事のバリュー・ステートメントをつくっていないか

 ここに、ある企業が掲げる価値観のリストがある。曰く「対話、尊敬、誠実、そして卓越」。

 何と素晴らしい響きだろう。力強く簡潔で、しかも有意義だ。ひょっとしたら読者諸氏の会社でも、これに類する価値観が標榜されているのではなかろうか。また、バリュー・ステートメントのために、多くの時間を費やして報告書をまとめ、討議し、修正を重ねた経験がある方もいるのではないか。ならば、ちょっと気になるところかもしれない。

 というのも、先ほど引用したのはエンロンの社是だからである。同社の2000年のアニュアル・リポートには、このバリュー・ステートメントが掲げられている。そしてその後の出来事からもわかるように、これは有意義どころか、まったく無意味だった。

 エンロンは極端な例だとしても、中身を伴わないステートメントを掲げている企業はこのほかにもたくさんある。私はコンサルタントとして10年にわたって、企業の価値観を見出し、それを昇華させるよう、指導してきた。その経験からいっても、空疎なものが何と多いことか。

 ほとんどのバリュー・ステートメントが当たり障りなく、骨抜きか、あるいは単に大嘘である。一部の経営者に「別段、害がないからよいではないか」と言う人もいるが、実はきわめて破壊的な影響を及ぼすケースが少なくない。たとえば、空疎なお題目を掲げた場合、社員はしらけてやる気をなくしたり、顧客はそっぽを向いたりと、経営陣への信認は失われかねない。

「ならば、証拠はあるのか」とおっしゃる向きに、最近某金融機関の経営会議で目撃した事例を紹介しよう。

 まずはCEOが、同社の新しい価値観──「チームワーク」「クオリティ」「イノベーション」──が果たすはずの重要な役割を得々と説明した。続いて、世界各地から駆けつけた経営幹部10数人を含む聴衆に、それぞれの言葉を説明するお決まりのビデオを披露した。世界的に有名なスポーツ選手が登場し、音楽が高鳴り、カメラに向かってぎこちなく手を振る社員の姿が映し出される。まさしく型どおりの場面の連続である。まったく偽善だらけの演出だ。

 CEOがにこやかに聴衆に向かってもう一度見たいかと尋ねると、「ノー」の大合唱が湧き起こった。残念ながら、CEOの威信は明らかに地に墜ちたのである。