失敗に終わっているナレッジ・マネジメントを成功させる法

 ボブ・ゴールザーは、ボストンにあるアメリカ有数の医療施設、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の専門科医局長兼アソシエートCMO(最高医療責任者)である。ハーバード・メディカルスクールの教授でもある彼は、医学博士号だけでなくMBAも持つ、医学界トップレベルのナレッジ・ワーカーである。

 それにもかかわらず、ゴールザーは医師ならばだれもが抱える重大な問題に直面している。すなわち、情報が多すぎて、そのすべてを活用することができないでいるのだ。彼は、1万件近い疾患や症候群、3000余種の医薬品、1100種の臨床検査に加え、年間40万件が新たに追加される生物医学文献の多くにも、通じていなければならない。

 パートナーズ・ヘルスケア・システム(以下パートナーズ。ボストンを本拠とし、ブリガム病院をはじめ、マサチューセッツ総合病院、その他数カ所の病院や医師団体を傘下に抱える統括組織)の同僚が発表した文献だけでも、高血圧についての論文が202点、ぜんそく関連が139点、糖尿病関連が313点にも上る。

 プライマリー・ケア医師(一般臨床医)として、彼は実に100万件にも及ぶ多種多様な症例を把握していなければならないうえ、そのような情報は絶え間なく書き換えられる。専門分野で生まれる膨大な新情報のほんの一部についてでも精通すると同時に、日々の医療業務をこなすことがいかに困難であるかは言うまでもない。

 彼のこの悩みは、些細な問題として片づけるわけにはいかない。文字どおり、生死に関わる問題だからだ。実際過去10年間、医療ミスについてさまざまな調査が実施されてきたが、その結果は実に深刻である。

 1999年に発表された米医学研究所のリポート、To Err Is Human(過ちは人の常)によると、医療ミスによる被害は毎年100万件を超えており、実に9万8000人もの患者が死亡している。

 95年のパートナーズの独自調査でも、入院患者の5%以上が投薬によって副作用を経験し、そのうち43%は重症、あるいは生命に関わるような深刻かつ致命的なものだったことが判明した。予防可能なはずの副作用の半数以上が、不適切な投薬により引き起こされていた。

 また、わずかに異常が見られたパップ・テスト(子宮頸癌検査)と乳房X線撮影結果の約3分の1は、フォローアップ(経過観察)検査が行われた記録がなかった。ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の外科集中治療室の医師が頻繁に指示する6種類の臨床検査に関する調査では、これら検査の半数近くは臨床的に不要なものであることが判明した。さらに同病院で実施された別の調査では、ある心臓病薬の処方例の半数以上が不適切だったことも明らかになっている。