ナスダックが採用したシミュレーション・モデルの正体

 かれこれ3年前、ナスダックにいささか厄介な問題が発生した。ナスダックでは株価の呼び値単位を現行の8分の1ドルから16分の1ドルに変更し、将来は100分の1ドル単位の10進法を導入する意向であった。

 業界の間では、そうすれば売り手と買い手の交渉がもっと細かくできるようになり、売りと買いの呼び値の差が縮まるだろうという意見が大勢を占めていた。しかし、ナスダックの関係者は、10進法への移行がかえって悪い結果を招くのではないかと懸念していた。むしろ非効率だったり、抜け道が生じたりしないだろうかと。

 ナスダックの担当者たちは、それまで経済調査、金融モデルなどさまざまな研究を通じて、資本市場を分析してきた。しかし10進法への移行はまったく未知の分野であり、従来の分析手法ではどうにも手に負えず、システムに悪影響を及ぼさないことをどのように確かめればよいのか、皆目わからなかった。

 ナスダックでは、ニューメキシコ州サンタフェにあるコンサルタント会社、バイオス・グループと協力して、単位引き下げの影響をシミュレーションするコンピュータ・プログラムを開発した。

 これはそんじょそこらの代物とはわけが違う。取引仲介者、機関投資家、各種年金のファンド・マネジャー、デイ・トレーダー、「カジュアル・インベスター」と呼ばれるにわか投資家など、市場参加者数千人分の「仮想人格」をつくり出すものである。

 ソフトウエア上の仮想人格、すなわち「エージェント」(「自律主体」とも表現される)は、それぞれ現実世界のさまざまな投資戦略に従って売買を行う。ナスダックは、この「エージェント・ベースト・モデル」と呼ばれる技法を用いることで、純粋数学の手法ではとうてい把握し切れない株式市場の動態をつかむことに成功した。

 シミュレーションの結果はみなの目を見張らせるものだった。株価の単位が小さくなると、適正価格の決定が難しくなってしまい、売りと買いの呼び値の差はむしろ広がってしまう。さらにテストを重ねたところ、ナスダックは一見不可解に見えるこの現象の正体をつかみ、10進法への移行計画をより現実的なものに進歩させた。