コーチングもコーチ次第で毒となる

 ここ15年ほどの間、将来を嘱望されている企業幹部のためにエグゼクティブ・コーチを雇う企業が増えてきた。このようなエグゼクティブ・コーチのなかには心理学の専門家もいるが、もっぱら元スポーツ選手、弁護士、ビジネス関係の研究者、コンサルタントたちが多い(囲み「コーチング業界の今後」を参照)。

 彼らが、多くの企業幹部のパフォーマンスを高める一助となってきたことは紛れもない事実だが、ここで紹介したいのは、それとは別の結果に終わってしまったケースである。

 実のところ、コーチがしかるべき心理学の教育を受けていないため、かえって現状を悪化させてしまうケースが驚くほど多い。彼らは対象者の心の奥底に潜む問題を軽視し、時にはまったく無視してしまう。このような事態は、コーチ自身の経歴や思い込みが障害となり、そのような問題を理解しないのが原因である。

 とりわけ憂慮されるのは、問題の原因が心的障害にあり、かつそれが看過され、または気づかれても手当てされないままでコーチングが行われているケースである。こうなると現状は悪化する方向へと向かう。私の経験では、症状が重かったり、なかなか回復が見られなかったりする場合、無意識の葛藤に原因があることが多い。問題を解決するには、心の問題に取り組む必要がある。

コーチング業界の今後
 エグゼクティブ・コーチング業界は、目覚ましい成長を遂げた。1996年には2000人ほどだったコーチの数も現在は1万人以上に上る。5年後には5万人を超えるという予想もある。
 また、この業界は収益性も高い。1日当たり1500ドルから1万5000ドルという料金を喜んで支払う経営者がたくさんいるからだ。心理療法士の料金とは比較にならない金額である。
 では、なぜ経営者たちは、エグゼクティブ・コーチングとなると、こうも惜しげもなく金を支払うのだろうか。
 答えは簡単である。エグゼクティブ・コーチングなら、一見簡単に見える解決法を、短期間で提供してくれるからである。
 CEOたちが恐れるのは金銭的コストではなく、時間的コストだという。エグゼクティブ・コーチングの場合、その指導期間は長くて6カ月程度である。
 一方、心理療法を受けるとなると、もっと長い期間がかかると思われている。心理療法士と患者はあいさつを交わすまでに6カ月かかるという冗談もあるぐらいだ。
 さらに50分の面会時間はごく基礎的なもので、実際の診療時間はもっと長い。しかも、診療所までの行き帰りの時間もあるので、その分患者の業務時間が食われる。
 とはいえ、エグゼクティブ・コーチングの場合、6カ月で何ら効果が上がらなかったとすると、これはかなり高額なサービスとなる。
 トム・デイビスのケースを例に取ってみよう(本文参照)。自動車部品卸会社の営業担当専務のロブ・バーンスタインを担当したコーチである。
 デイビスが1日当たり1500ドルという比較的低額の料金で働いたとしても、彼が担当した4年間では、少なくとも4万5000ドル支払ったことになる。
 しかも彼の場合、最終的に問題の解決には至らなかった。それだけの金額を払えば、有能な心理療法士を450時間雇うことができる。これは毎週1回面会したとして、10年分の治療費に相当する。

悪いコーチングは深刻な問題を誘発する

 まず、ロブ・バーンスタイン(プライバシー保護のため、登場する人物の名前はすべて仮名を使用する)の例を挙げたい。彼は自動車部品卸会社に勤める営業担当専務で、同社のCEO(最高経営責任者)によると、営業にかけては大変有能だが、社内では「問題児」だという。

 ある日、会議中にもかかわらず、小包の受け取りサインをもらおうと入室した郵便担当者を、彼はみんなの面前でなじってしまった。結局これが引き金となって、CEOは彼のためにエグゼクティブ・コーチを雇った。コーチのトム・デイビスはかつて企業の顧問弁護士を務めていたこともある、きびきびした感じの男で、バーンスタインを4年ほど担当した。

 この間における彼のコーチングはというと、バーンスタインのサポート・スタッフへの悪態を指摘し、問題の根源を探るのではなく、「大衆を操縦する技術」という、まるでマキャベリのような教えを施したことだった。

 デイビスの指導は成功したかに見えた。しかし困ったことに、バーンスタインは問題が解決したかと思うと、すぐさま次の問題を起こした。