-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
-
PDFをダウンロード
これからのブランド理論に求められること
環境変化は激しさを増し、ブランドに対して強い変化の圧力をかけている。そのなかで、どのようにしてブランドに一貫性を持たせ、資産価値を維持・向上させるかということが、企業の重要な課題になってきた。その課題解決策として、ブランド・エクイティの価値測定というスタティックなモデルを使った分析に加えて、強いブランドをどう構築するのかという指針が求められている。
そうした要望に応えるかたちで登場したのが、ブランド・アイデンティティの概念である。ブランド・アイデンティティとは、ブランドの所有者が望む理想的なブランド連想の集合である。アイデンティティを明確にし、広告などの媒体を使って顧客にそれをうまく伝達することによってブランド・エクイティは高まるという考え方が、デービッド・アーカーなどから提示された[注1]。
しかし、ブランド・アイデンティティ自体はあくまで指針に過ぎない。その後の議論の多くは、それをどのように構造化するかというノウハウとベスト・プラクティス的な事例の紹介にとどまり、組織的にどうブランド構築をするかというダイナミックなプロセスモデルが提示されなかった。
一方で、『経験経済』でB. J. パインとJ. H. ギルモアが、『経験価値マーケティング』でバーンド H. シュミットが示唆するように、ブランドを取り巻く環境変化として最も注意を要するのは、「経験価値」の重要性の増大である[注2]。ブランド・エクイティやアイデンティティの議論が、コード化もしくは言語化された知識(いわゆる形式知)に焦点を当てているのに対して、経験価値の多くは、言語化し難い知識(いわゆる暗黙知)として蓄積される。経験に基づく暗黙知は、安易に言語化すると陳腐に聞こえ、腹に響かないことが多い。
たとえば、ディズニーランドでの感動的な経験は、「家族」「楽しい」といった言語化された連想では表現し尽くせないものであり、「家族で楽しめるエンタテインメントの提供」というディズニーのアイデンティティは、経験を通じてしか顧客に共有してもらえないものであろう。そして、ディズニーのブランド経験がすこぶる感動的で共感を呼ぶのは、その背後に、すべての従業員に共有されたブランドに対する豊かな暗黙知があるからである。
ブランド経験が乏しいブランドは、コンセプトの背後に豊かな暗黙知が存在しない。かりに機能的な便益に基づく優位性があったとしても、競合に真似されやすく、すぐにコモディティ化して価格競争に喘ぐことになる。ブランド・アイデンティティの議論の限界はここにある。
つまり、それは暗黙知をいかに言葉や記号で表し、きちんと整理して、伝達していくかという議論なのである。機能的な特徴(たとえば、「速い」)や抽象的で陳腐な表現(たとえば、「信頼」)ばかりを並べても、コンセプトの背後にある暗黙知を豊かにし、それを十分に理解したうえでアイデンティティを明確化しない限り、差別化された価値は提案できないのだ。
こうした議論を超えて、これからのブランド理論に求められるのは、価値あるブランドを構築する組織的な能力の、包括的かつ体系的な解明ではないかと思われる[注3]。
具体的には組織内や顧客との間で豊かな暗黙知を共有・創造したり、そこでの暗黙知をベースに新しいブランド・コンセプトを生み出したり、それを製品に具現化したり、ブランド経験の場をつくったりする組織の能力である。こうした能力のことを、ここではブランディング・ケイパビリティと呼ぶことにする。
本稿では、ブランド知識を再定義し、それが創造・活用されるダイナミックなプロセスをモデル化することによって、ブランド構築の組織能力であるブランディング・ケイパビリティとは何かを解明する。



