社会責任へのジレンマ

 先頃シアトル、ダボス、ジェノバで、グローバリゼーションをテーマとした会議が開かれた。その模様を通して、社会への貢献、環境問題への対応を企業に強く求めるのは、粗野で横暴な人々だけだというイメージが広がっているかもしれない。

 しかし、企業の社会責任を問う声は、世のなかのメインストリームからも強まっている。消費者、投資家、さらにはビジネス・リーダーの間にも同じような考えが浸透している。「株主利益を追求するだけではいけない。社員、コミュニティ、環境への配慮を忘れないように」というのである。

 ところが、実際に「よき企業市民」への道を歩み始めようとすると、大きな壁に突き当たる。

 自社だけが大きなコストを負担すれば、競争上不利になりかねない。規制が強化されれば、法外なコストを負わされるだけで、社会にほとんど貢献できずに終わるかもしれない。先進国での賃金水準や労働条件を維持しようとすると、低賃金・低労働条件の国に仕事を流出させるだけだろう。

 企業経営に思いを馳せる人々は、以前からこのようなジレンマに悩まされてきた。

 筆者は先日コロラド州に赴き、アスペン・インスティチュート主催の「事業活動を通した社会革新」会議に参加したが、その席上でも、財界、学界、官界からの出席者が、このジレンマに発言を集中させていた。緊急性の高いテーマなのである。

 その場では解決策を見出すことはできなかったが、この時の議論をきっかけに筆者は、「企業の社会責任」という差し迫ったテーマを検討するためのツールを考案した。「社会責任マトリックス」である。

 その後、アスペン・インスティチュートの協力を得て試用、改良を進めることで、「企業が社会責任を果たすための条件は何か」を考える指針になると確信した。