なぜ山に登るのか

 我々を乗せたツイン・オッター(プロペラ機)は、危険なまでの急角度で降下したが、パイロットが最後の瞬間になんとか機首を引き上げ、無事滑走路に降り立つことができた。

 ここはヒマラヤ山脈の玄関口である。標高2804メートルにあるルクラ村の小さな空港は、雪をいただく峰に囲まれている。

 バックパックには荷物を、心には旺盛な冒険精神を詰め込んで、我々はエベレストを頂点とする山岳地帯に足を踏み入れたのだった。

 ヒマラヤ遠征を行ったのは、リーダーシップについて学ぶためである。それは、最も魅力的だが、最も苛酷な野外教室である。参加したのは、MBAの卒業生や働き盛りのエグゼクティブを含む20名。11日間の行程で、このチームは険しい山道を約120キロメートル踏破し、5500メートルを超す高地に到達する。

 この経験を通じて、真のリーダーシップとは何かについて理解を深めることができた。

 もちろん、リーダーシップの基本を学ぶためだけなら、世界を半周してくるまでもない。参加者全員はすでに、リーダーシップには戦略的思考、断固たる行動、人格的高潔など、崇高な資質が必要であることを熟知していた。とはいえ、そうした理論的な概念を実行に移すプロセスは、きわめてとらえにくい。

 しかし実際には、ほとんどの行動理論は現実に移し替えられるものであり、リーダーシップも例外ではない。

 エベレスト行きを敢行したのは、リーダーシップについて、ほかでは学べないことを学ぶためではない。そこでの「授業」がはるかに切迫度が高いからである。いったん問題が起きると、それは急激に悪化しやすい(すぐに解決されることもある)。どちらに転ぶかは、リーダーシップの理論をいかに素早く行動に移せるかにかかっている。

 多くの登山家がエベレスト山頂を目指したが、優れたリーダーシップの有無が文字どおり生死を分けたケースは随所に見られる。

 我々の場合、山麓の斜面を歩くだけなので、自らの判断が生死に関わる重みを持つことはまずないだろう。だが、我々が未知の領域に足を踏み出すことも確かだ。