未来からの逆算思考。RIM部門の事業創出を加速させるバックキャスト思考

 全社的なパーパス浸透と並行し、帝人社内ではパーパスを事業で体現する挑戦が始まっている。その先陣を担うのが、コーポレート新事業本部 再生医療・埋込医療機器(RIM)部門である。RIM部門は、帝人の強みであるマテリアルとヘルスケアを融合させ、次世代の柱となる事業基盤を構築する使命を負う。

 しかし、その道のりは平坦ではなかった。RIM部門インプランタブルメディカルデバイス戦略部部長の垣立浩氏は、電通コンサルティングとの取り組みが始まる以前の課題を3点挙げる。

帝人
コーポレート新事業本部 再生医療・埋込医療機器部門
インプランタブルメディカルデバイス戦略部部長
垣立 浩

 第1に「外部環境の変化に対する柔軟性不足」。製品・サービスの企画から社会実装まで10年、15年を要することも珍しくない医療分野では、長期的な視点での未来予測が不可欠である。しかし、「既存の技術や事業への投資が積み上がっているがゆえに、『現在の延長線上に未来があるはずだ』というバイアスが働きがち」であり、変化への柔軟な対応が難しいという危機感があった。

 第2に、売上げや利益といった従来の財務指標では測りきれない「事業成果の評価」だ。黒字化までに時間を要する事業に対し、リソース投下の妥当性や継続性をいかに判断するか。パーパスの実現度という非財務的な価値を測る新たな物差しが求められていた。

 第3に「迅速な事業化・収益化に向けた仕組みづくり」である。マテリアルとヘルスケアの強みを活かしたシナジーを追求するも、従来のやり方との軋轢が生じ、組織横断的に十分な共感を得るには至っていなかった。

 こうした複合的な課題に対して、電通コンサルティングの執行役員パートナーである田中寛氏は「バックキャスト思考をいかに組み込むかが極めて重要」だと語る。

「ここで言うバックキャストとは、どのような未来をつくりたいのか、自分たちがどうなればワクワクするのかをイメージし、その実現のために何をすべきかというマイルストーンを考えることです。既存事業の延長線上で成長を描くフォアキャスト思考に陥りがちな状況に対し、このバックキャストの視点を組み合わせ、一つの戦略として構築していく。その支援が、我々の大きな役割の一つでした」

電通コンサルティング 
執行役員 パートナー
田中 寛

 このアプローチは、RIM部門の戦略策定に大きな変化をもたらした。垣立氏は「これまでにない複数の事業アイデアを創出できるフレームワークが構築できた」と、その効果を語る。

「たとえば運動器疾患分野では、従来見ていた整形外科領域だけでなく、バイタルデータや遠隔診療などの通信技術、さらにはモビリティ、不動産、リハビリのエンタメ化といった、多岐にわたる産業や技術の変化を把握する必要がありました。視点も患者さんだけでなく、ご家族や介護者まで広げ、生活者の本質的なニーズを見極める必要があったのです。電通コンサルティングには、多様なメンバーによる知見と生活者視点で伴走いただき、これまでの枠を超えた戦略テーマの仕込みが可能になりました」

「社会的価値」を羅針盤に。SROIがもたらす事業評価と意思決定の革新

 垣立氏が挙げた第2の課題、すなわち「非財務価値の評価」に対する電通コンサルティングの処方箋が「SROI」(Social Return on Investment:社会的投資収益率)の活用であった。

 SROIは、事業がもたらす社会的価値を金銭換算することで定量的に評価する手法だ。田中氏が挙げるのは、帝人の心・血管修復パッチの例である。「先天性心疾患のある患者さんにこのパッチを埋植すると、再手術リスクの低減が期待できます。それにより、患者さん自身のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が向上するだけでなく、看病に当たるご家族の負担が減り、看護休暇を減らせるといった経済効果も生まれます。それらを社会的価値として定量評価するわけです」

 新たな羅針盤を得たことで、RIM部門の景色は大きく変わった。垣立氏は「これまでになかった社会的価値という文脈で事業を評価する視点が組織内に浸透したことが大きい」と強調する。

「これにより、『社会的価値 × 帝人らしさ』とは何かという問いの下、事業機会をあらためて整理し直すことができました。黒字化前の段階でも社会的価値を評価し、戦略的な意思決定とリソース配分をより精緻に行えるようになったのです。これは、事業の持続的成長と社会的価値の最大化を両立させるうえで、非常に大きな一歩でした」

 パーパスと事業活動が、社会的価値によって明確に結びついた瞬間である。この仕組みは、全社で進むパーパス浸透活動と呼応し、戦略企画組織が事業の方向性と社会的価値の両立を目指すうえでの強力なツールとなっている。