なぜ、マードックの事業はアジア市場で失敗したのか

 1991年に放送が開始された時、スターTVが市場を制覇するのは間違いない、と見られていた。その事業計画は、メディアを渇望するアジアの視聴者にテレビ番組を放送する、と明快なものだった。

 アジア地域の社会・経済的階層の上位5%をターゲットとした。彼らは、視聴料を支払う余裕があるだけでなく、広告・宣伝の対象としても魅力的な新興の富裕エリート層である。

 ターゲット層にとって、英語は第2言語であるため、多額の投資を行ってまでローカル向け新番組を制作する必要はなかった。出来合いの英語の番組を、かなり安いコストで使うことができたからだ。

 また、各家庭への放送は通信衛星を経由するため、地理的な隔たりという悪条件にも対処できる。在来の放送局はこの悪条件にはばまれ、アジア市場に手が出せないでいた。

 メディア界の大御所ルパート・マードックは、この計画に惚れ込んだ。特に気に入ったのは、彼が所有する20世紀フォックスのフィルム・ライブラリーをアジア市場全域でフル活用できる、という点だった。惚れ込んだあまりに、93年から95年の間に、彼の所有するニューズ・コーポレーションは、スターTVの創業者に8億2500万ドルを支払って、同社を買収したほどである。

 結果はマードックの期待どおり、というわけにはいかなかった。99年度の7月期決算で、スターTVは1億1100万ドルの収入に対して、税引前で1億4100万ドルの損失を計上してしまった。96~99年度の累積赤字は、5億ドルにも達した。この金額には、中国での鳳凰衛星TVなどのジョイント・ベンチャーにおける損失額は含まれていない。

 2002年までは、同社の営業損益が黒字転換するとは見られていない。

 コストとリスクの原因は「距離」が生み出す障壁

 スターTVの大失態は派手に報道されたケースであるが、企業が海外進出を行うと、常にこれと似たような展開となる。なぜだろうか。

 スターTVと同じように、企業は決まって海外市場の魅力を過大評価してしまうからだ。手つかずの市場の大きさそのものに目が眩んで、往々にして自国とは非常に異なる、未知の領域に踏み込んでいくことがどれほど困難であるかを見過ごしてしまう。

 問題の根源は、海外への投資を判断する時に、経営者が信頼して使っている分析ツールにある。このツールを使うと、海外での事業展開に必要なコストは決まって少なく見積もられる。こうしたツールのなかで、最もよく知られているのは、「海外市場のポートフォリオ分析」(CPA:country portfolio analysis)である。