モチベーションの3大理論を超えて

 今回は自己決定理論(self-determination theory)を取り上げる。自己決定理論は、人のモチベーションのメカニズムを説明する理論として、近年の経営学において、特に注目されている。

 実は2019年に刊行した拙著『世界標準の経営理論』でも、すでにモチベーションの理論は取り上げている。なかでも、現代経営学のモチベーション理論のメインストリームで確立されている「3大理論」として、「期待理論」(expectancy theory)、「ゴール設定理論」(goal setting theory)、「社会認知理論」(social cognitive theory)を取り上げた。しかしその時は、自己決定理論を取り上げなかった。これには、3つの理由がある。

 第1に、自己決定理論は3大理論と比較すれば、まだ新しい理論だからだ。拙著でも述べたように、3大理論は主に1960~70年代にかけて提示され、確立されていった。一方、自己決定理論が初めて提示されたのは1985年であり、特に研究が進んだのは1990~2000年代にかけてである。同理論もすでに40年近い歴史はあるが、拙著執筆時には、より十分に研究が確立されていた3大理論を優先したという経緯がある。

 第2に、3大理論と比べて自己決定理論が特異なポジションを取っているからだ。これから述べていくように、この理論の特徴は、人のモチベーションの源泉を自己決定性(self-determination)に求めることにある。同理論の創始者はロチェスター大学のエドワード・デシとリチャード・ライアンだが、デシらが2000年に『アメリカン・サイコロジスト』に掲載した論文[注1]では、自己決定性について以下のように定義している。

 A behavior is self-determined when it is endorsed by the self and experienced as emanating from oneself.

 行動が、自身の価値観として受け入れられ、自身の内側から湧き出てきたもののように経験される時、その行動を「自己決定的」という(筆者意訳)。

 すなわち、この理論はモチベーションの「質」に注目するのだ。3大理論は、そのモチベーションがどのようなものであれ、モチベーションが高ければ(=モチベーション量が多ければ)、それが人の行動を促すという暗黙の前提があった。それに対して自己決定理論は、モチベーションの量以上に、それが「自身のアイデンティティ・価値観として受け入れられ、自身の内側から湧き出てきたもののように経験されること」を重視する。このように、モチベーションの質を重視する自己決定理論はそもそもの前提が異なることもあり、拙著では解説を省略したのだ。

 第3の理由として、率直に言って、当時の筆者の認識の浅さを認めざるをえない。自己決定理論のことは認識していたが、書籍執筆時はその重要性を十分には理解できていなかった。しかしその後、自己決定理論がモチベーション研究において、いかに核心的な位置を占めているかを実感するようになった。しかも同理論の影響は経営学だけでなく、いまや教育や医療分野にまで浸透しているのだ。