「人財」の流出に打つ手はないのか

 主要ポストを任せられる優秀な人材を探し求めて社外に目を光らせ、これぞという人材を引き抜くために、高額の報奨金やストック・オプション、報酬を提示する──今日の執行役員は、いわばハンターのようなものである。他社も同様に、隙あらば最高の人材を引き抜こうと画策しているのは、もちろん承知のうえだ。

 ここまでおおっぴらに人材の引き抜き合戦が展開されることなど、かつてはほとんど皆無だった。いまや、この競争は公然の事実と化している。

 なぜなら、変化の速い市場では俊敏な組織が求められるからだ。そしてこのような組織には常に新しい才能──もちろん社外の人材も含め──を取り込んで、日々革新を続けていく必要がある(囲み「戦略的ハンティングの極意」を参照)。

戦略的ハンティングの極意

急増する重要ポストへのヘッド・ハンティング

 近年、重要ポストに社外の人材を登用する例が至るところで見られる。

 ATカーニーのエグゼクティブ・サーチ(有能な人材を探したり、調査したりする)部門の報告によると、1997年にクライアントから依頼されたサーチ件数は、96年のそれよりも15%増加し、年間記録としては最高であった。また、CEOに関する案件は28%も増加している。

 セントルイスのヘッドハンターであるジョン R. シガルドが、将来が嘱望される役員150人のキャリアを追跡してみたところ、2年間でその80%が転職していたことが判明した。

 かつて「ジョブ・フェア」は非営利的かつ非公式の行事であった。しかし現在では、これを生業とする企業が手数料を取りながら行っており、「濡れ手に粟」の派手なショーと化している。その手数料たるや、1社当たり5000ドルに上ることすらある。

 数年前まで、エレクトロニクス分野の人材斡旋市場はほとんど知られていなかったが、いまや採用担当者と転職希望者の履歴書であふれ返っている。

 ヘッド・ハンティングがここまで急速に成長した理由の一つに、多くの企業が社外人材の採用や活用について戦略的にも戦術的にも学習したということが挙げられよう。

自前で育てるよりプロを採用したほうが早い

 空いたポストを埋めるためだけでなく、新規市場へ参入するために必要な専門家を確保したり、新規事業を始めたりする場合、経験豊かな人材を外部から調達している。

 たとえば、消費者向けのエレクトロニクス産業とコンピュータ産業は、それぞれ相手の市場に参入しようと、相手の産業の専門家に触手を伸ばし始めている。

 最近、アメリカの三菱電機グループは、コンピュータ企業から調査スタッフをいっきに20人採用した。これを見たカリフォルニア州サンホセのマンパワー・スタッフィング・サービシズのトップ、ボブ・リーは次のような感想を述べた。

「エレクトロニクス産業のNFL(アメリカのフットボール・リーグ)ドラフト制度みたいなものだ」

 社外の人材の戦略的活用は、何も変動の激しいハイテク産業に限ったことではない。

 たとえば、ガソリン・スタンドで製品の販売拡大を狙う石油会社がペプシコやフリトレーから小売りの専門知識を有するマネジャーを採用したり、顧客管理の徹底を狙って航空会社がマリオット・ホテルから顧客サービスの専門知識のある役員を迎えたり、電力会社が自由化に備えて電話会社から自由化を経験した人材をハントしたりと、このような具合である。

 すなわち、ゼロから育成するよりも、新しく専門知識を持った人材を獲得したほうが事業をスピーディに確立できるのだ。

 またハンティングは、新分野に参入するうえで比較的簡単な方法である。95年にアーンスト・アンド・ヤングは、競合であるクーパーズ・アンド・ライブラントのマドリッド事務所のスタッフをほぼ全員──何と90人に上る──採用し、スペインに事務所を新設した。

 90年代半ば、アレジェニー・ヘルス・システムズがフィラデルフィア市場に参入したが、その際、プレズバイテリアン・メディカル・センターの心臓病研究部門と心臓外科部門を引き抜いた。これらの専門分野ですぐにも事業を開始するためであった。

 このような場合、外部から役員を雇用するとさらに効果的であり、またリスクも少ない場合が多い。かつこれは企業を丸ごと買収するのと同じくらい有効と見なされている。

 数年前、AT&Tはコンピュータ・システムのインテグレーション事業に参入しようと考えていた。しかし、他社を買収した場合、被買収企業を自社の企業文化に統合できるかどうか懸念していた。

 そこで、企業ではなく、個々の人材を採用することで、システム・インテグレーターの上位50人を探すよう、人材斡旋会社に依頼した。AT&Tは結局、その50人を採用し、システム・インテグレーション事業をスタートさせた。

 これらの動きを一過性の現象と判断するのは早計だろう。社外人材を活用するのは、景気の拡大や逼迫した労働市場だけが原因ではない。根本にあるのは、ビジネスの本質的な変化である。

 この変化も一時的なものではなく、社外人材の登用は戦略手段であり、将来も拡大の一途をたどることだろう。労働需要全体としては上下があるだろうが、「ウォー・フォー・タレント」(優れた社員の争奪戦)は激しさを増す一方である。

 外部から優秀な人材を獲得するのはよいにしても、自社の人材を引き抜かれるのは耐え難いことだ。

 一つには、感情的な理由がある。執行役員たる者、社員にロイヤルティを浸透させるのもその能力のうちと考えているからだ。つまり、優秀な人材に去られることは自分の恥だというわけである。

 加えて、合理的な理由もある。労働市場が逼迫している時に後任を見つけることは困難であり、よしんば見つかったとしても、高くついてしまうからだ。また、有能な人材に去られてしまうと、明らかに事業にとってマイナスである。

 このような人材の流出防止に当たって、多くの企業は伝統的な施策に頼ってきた。たとえば、デュポンのあるシニア・マネジャーはスピーチでこのように述べた。

「社員対策とは、社員に手間と暇を惜しまないことだ」

 同社では、長期的な昇進コースが新たに用意され、社員の能力開発に投資した。その狙いは、社員のロイヤルティを取り戻すことだった。

 そこで、聴衆の一人が「それで本当に人材の流出を食い止められるのか」と尋ねると、同氏は意外にも正直に「競争が激しいので無理だろう。それ以外方法がない」と答えた。何はともあれ、人材流出を防止するには「行動あるのみ」である。