一通のアナリスト・リポートが株価も戦略も台無しにした

 経営者は、いろいろな理由から、証券市場関係者との対話を敬遠したがるものである。

 自らの発言が誤解を招くのではないか、ライバルに情報を利用されてしまうのではないかと懸念する経営者もいれば、法的責任を問われはしまいかと二の足を踏む者もいる。なかには顧客と話をするほうが気が楽だとか、事業に没頭したいとかといった向きもある。

 しかし、証券業界、特に証券アナリストを無視すると、どんなに用意周到に組み立てられ、完璧に実行された戦略も台無しになりかねない。何しろ株価は、アナリストの意見によって形成されることが多いばかりか、上がるも下がるもその推奨次第だからだ。

 産業財やヘルスケア製品の大手、タイコ・インターナショナル(以下タイコ)のケースを考えてみよう。

 同社は巧みな買収により、1990年代後半に急成長を遂げた。ところが99年10月、ほとんど一夜にして、人気銘柄から市場のつまはじき者に転落してしまう。

 市場に多大な影響力を持つ投資会社、デイビッド W. タイス・アンド・アソシエーツ(以下タイス)が、タイコを批判するアナリスト・リポートを発表したためだ。

 タイスが発行するニューズレター『ビハインド・ザ・ナンバーズ』は、機関投資家200社が購読している。件のリポートは、タイコの会計処理に疑念を呈し、売上げを水増ししていると主張した。

 リポートが発表されたその日のうちに、同社の株価は16%下落。12月初めには50%も急落するに至り、タイコはその汚名を返上するために、SEC(証券取引委員会)の調査を要請する羽目に陥った。

 株価の急落によって、買収戦略も行き詰まってしまった。タイコは買収資金を自社株でまかなうケースが多かったからである。あまりに急激な下落だったため、株価がいくらか戻しても、いくつかの買収案件は放棄せざるをえなかった。

 タイコが犯した過ちは、誤った数字を発表したことではない。投資家が理解しやすいように十分配慮しなかったことである。