P&Gがコーポレート・ブランドに目覚めた

 2000年、プロクター・アンド・ギャンブル(以下P&G)は、相も変わらず気前よく、ニューヨークの小児糖尿病財団のスポンサーになって、販売促進用パンフレット──それは光沢のある紙が使われ、見栄えのする仕上がりだった──を配った。

 ただし、そのパンフレットは以前のそれとは異なっていた。表紙には、P&Gの主要商品20種類がはっきりと目立つように、かつ同社のイメージを象徴するよう統一されて表現されていたのである。

 この商品ブランディングの大御所にとって、このパンフレットが表すイメージは販売戦略の明らかな変貌を示していた。

 そもそもP&Gは、伝統的な販売コンセプト──あらゆる商品は、すぐさま個々に認知されるくらいの独自性が必要である──に従って、成長してきた企業だった。

 たとえば、紙オムツの〈パンパース〉のようにブランド名がそのまま商品の代名詞となる、そんな強力な商品ブランドを構築することを理想としていた(囲み「コーポレート・ブランド戦略が不要な企業」を参照)。

コーポレート・ブランド戦略が不要な企業

 エスティローダーは強力なコーポレート・ブランドの一つだが、この企業を動かしているのは〈オリジンズ〉や〈マック〉といった数々の商品ブランドである。

 GAPにも、売れ筋の3種類の商品ブランドがある。〈バナナ・リパブリック〉〈オールド・ネイビー〉〈ギャップ〉である。これらが、同一企業の商品であることに気づいていない顧客は存外多い。

 では、これらの企業は時代遅れなのだろうか。

 必ずしもそうとは言えない。時には、商品ブランドのほうが大きな意味を持っている場合がある。特に次のようなタイプの企業がそうだ。

[1]新商品の開発に励む企業

 新商品をつくって売上げを伸ばすことが企業の使命となっている場合、無理にコーポレート・ブランドを商品にかぶせても意味がない。

 たとえば、バイオテクノロジーやIT(情報技術)関連企業は、系列会社を独立させて売上げを上げている場合が多い。

 デンマークのNKTが子会社のギガを10億ドル余りでインテルに売却したのは、その一例である。NKTのビジネスモデルは、将来的に関連会社を売却することが基本となっているので、それらの企業を別の名前にして保有している。

 このような場合、あからさまなコーポレート・ブランディングは売却価額に悪影響を及ぼしかねない。

 なぜなら、買い手がその部門を、現在のオーナーのブランドから引き離すとコストがかかると思ってしまうかもしれないからである。

[2]M&Aが活発な企業

 金融や遠距離通信のように、国際的な合併や買収が頻繁に行われ、ステークホルダーを一喜一憂させている業界では、その国内に広まっているブランドを保持したいと考える企業が多いだろう。

 銀行の例を考えてみよう。ある銀行が買収されたあと、顧客の信頼と愛顧がすんなりと新しい銀行のオーナーに移る可能性は少ない。

 だからこそ、スカンジナビア諸国随一の金融会社、ノルディック・バルティック・ホールディングは、スウェーデンとフィンランドではメリタノルドバンケン、デンマークでユニバンク、あるいはノルウェーでクリスチャニア・バンクといった地元のブランドをそのまま残したのである。

 その国内でのブランド名を少なくとも当面は残しておくほうが、オーナーシップの変更による動揺を軽減させることになるだろう。

[3]望まざる副産物が想定される企業

 新しい市場にリスクを賭けて進出しようという企業は、コーポレート・ブランドと未完成商品を結びつけるのをためらうものだ。

 もっともヴァージンのように、コーポレート・ブランドがハイリスクのベンチャーと関連づけられている場合は別である。

 また、石油や化学といった業界のように、操業していることが倫理的な問題を引き起こしたり、あるいは企業がたびたび危機やスキャンダルに遭遇したりする場合、コーポレート・ブランドがマイナス影響を与えた際のダメージは大きい。

 企業名からマイナス・イメージが広く連想されてしまう場合、その名のついた商品や、公式シンボルと結びつけられる商品すべてに被害が及ぶ可能性があるからである。

 P&Gの新しいパンフレットのイメージが、同社の方向転換を示唆しているのであれば、同社はウォルト・ディズニーやマイクロソフト、ソニーといった、コーポレート・ブランディングに成功している巨大企業に比肩しうることだろう。

 これらの企業は、商品一つひとつのブランディングに広告宣伝費を使うよりも、コーポレート・ブランド──数多くの商品を一つの傘の下に収めて、一つのイメージを照らし出す──に力を入れている。

 近年、コーポレート・ブランドはきわめて価値の高い資産と認識されつつある。実際、強力なコーポレート・ブランドを有する企業の株式は、簿価の2倍以上の市場価値を誇っている(囲み「コーポレート・ブランドの4つのメリット」を参照)。

コーポレート・ブランドの4つのメリット

 コーポレート・ブランドとは、全商品ラインを一つの傘の下に収めると同時に、これらを一つのイメージとして打ち出すものである。そして、ステークホルダーをあまねく統合する、比較的新しい手法でもある。

 本論で述べてきた例外を除くと、P&Gなどの大手企業は、コーポレート・ブランドよりも、むしろプロダクト・ブランドのほうが親しまれている。とはいえ、強力なコーポレート・ブランドの優れた価値を認識する企業がますます増えてきている。

MERIT[1]コストを削減する

 アメリカ企業は、コーポレート・ブランドを活用して、宣伝や販売の面で規模の経済を働かせ、併せて何十億ドルというコストを削減している。

 たとえば、スミスクライン・ビーチャムは、いまやそのコーポレート・ブランドをテコに全商品を支えている。

 コーポレート・ブランドがとりわけ意味をなすのは、商品ライフサイクルの短くなった市場で競争し、絶えず新しい商品ブランドを投入するためのコストを回収することが困難な場合である。現にネスレやユニリーバはこのような方向に動きながら、商品ブランド数を減らしている。

MERIT[2]顧客に仲間意識を共有させる

 たいていの顧客は、特定の仲間意識を持つことができる──たとえば、アップルのレインボーカラーのロゴがついたもの──ならば、少しぐらい高くついても買いたいと考える。

 もう一つ注目すべき例はヴァージンである。幅広い事業──航空会社、巨大スーパー、コーラ、携帯電話──を展開し、異彩を放つCEOリチャード・ブランソン率いる経営陣は、聖書に登場するダビデとゴリアテの故事にならい、自分たち中小企業(ダビデ)は「あなたたちの味方として」、巨体にもの言わせて弱い者いじめをするゴリアテならぬ「太った猫ども」に立ち向かう、という立場を旗幟鮮明にしている。

 この結果、ヴァージンは独特の個性、すなわち、イノベーションとチャレンジ精神にあふれ、「楽しそうな企業」と広く受け止められている。

MERIT[3]顧客から「お墨つき」をもらう

 強力なコーポレート・ブランドは、「その企業がどのような商品を提供してくれるのだろうか」と顧客を期待させるものだ。

 たとえば、ソニーを例に取ろう。ブロック体の4文字で綴る同社のロゴは、ステレオでも、テレビやコンピュータ・ゲームでも、ソニーの名で販売されるあらゆる商品が共有している高レベルの性能と品質、細部への気配りを象徴している。

 強力なコーポレート・ブランドはまた、外敵から守る役割も果たす。ザ・ボディショップを例に取ってみよう。

 最近、あるジャーナリストが化粧品のテストが不十分であると非難した時、同社は、そのコーポレート・ブランドを引き合いに出して、大衆に公然と訴えた。

 ザ・ボディショップというコーポレート・ブランドは、人々の心のなかで、動物の権利に関する強力な倫理基準と一体化しているからだ。

MERIT[4]場をつくり出す

 成功しているコーポレート・ブランドは普遍的であり、また解釈の違いを逆手に、異なるグループにアピールできるものである。確固たるシンボルがあるにもかかわらずその意味を共有できない場合であっても、文化の違いを乗り超えて、そのシンボルを共有させるものこそ、強力なコーポレート・ブランドである。

 その好例がマクドナルドのMという文字をデザインした「黄金のアーチ」だ。これまでに考え出された最強のコーポレート・ブランドの一つとして、黄金のアーチは、世界中の人たちの心に──たとえ文化の違いでそのアーチに込められた意味に相違があっても──共通の響きを与えている。

 マクドナルドは、あえて解釈の違いを促す一方、それを支えながら、グローバルに広がるそのコーポレート・ブランドに生命を吹き込んでいる。

 当然ながら、コーポレート・ブランドの構築は複雑にして微妙な仕事となる。だからこそ多くの企業が失敗してきたのだ。

 万人受けしそうな新しいコピーを考え出し、あまねく商品ラインにそれを貼りつければ、社員にも、顧客にも同じような影響を与えられるだろうと期待した企業もある。あるいは、新しいロゴをつくって、すべての商品にそれをプリントすれば、コーポレート・ブランドの出来上がりと高をくくった企業もある。これも同じく落第である。