変革の原動力となった「一本足打法」からの脱却

菊地 それでは、変革を進めるうえで、このご経験から得られた教訓はありますか。

日本取引所グループ(JPX)
常務執行役 CIO
田倉聡史
SATOSHI TAKURA

田倉 市場運営はもちろん、JPXの根幹であることは間違いないものの、純粋に経営上の観点で見て、市場運営の“一本足打法”、すなわち市場の景気に左右されやすい経営になっていないか、とあらためて考えることとなりました。経営が景気で大きく変動するのでは、経営者の存在意義が問われてしまいます。ですから、ポートフォリオを広げなければいけないという思いは、もともと社内にありました。

 2018年には、役員と若手、中堅が集まるオフサイトミーティングで、「もしGAFAM のようなメガプラットフォーマーが株式取引に参入したら、JPXの存在価値は保てるのか」というテーマで議論しました。この危機感が、その後の変革の原動力になったのだと思います。

菊地 そのような経営に対する「危機感」の流れで、JPX総研が設立されたのですね。

田倉 はい。「株の一本足打法」から脱却するために、2021年にJPX総研を立ち上げました。全従業員約1200人のうち250人を異動させ、基幹業務と並ぶ「新たな収益の柱」として情報サービスを位置づけました。これは経営としての相当な覚悟の表れです。

菊地 その新しい情報サービスにおいて、ITが担う役割はやはり蓄積された「データ」をどう活用していくか、ということでしょうか。

田倉 まさにその通りです。取引所の基幹業務を通じて蓄積されたデータをいかに「売り物」にしていくか。日本のインフラを支えるマーケット運営者として、日本の市場におけるデータをより幅広く提供することで、マーケットを豊かにしていく……。これが長期ビジョンである「Target(ターゲット)2030」の「グローバルな総合金融・情報プラットフォームに進化する」という目標につながっています。

「既存事業」と「新規事業」を両立させる工夫とは

菊地 既存事業を守りつつ、新規事業も育成するということですね。これらを両立させるために、どんな工夫をされましたか。

田倉 我々はITマスタープランで、これまでの伝統的な業務と、新しい変革にチャレンジする領域を定義し、まずはこの2つを明確に分けて取り組みました。

 新規事業を担うJPX総研については、あえて本社から物理的に離れた場所に設置しました。これは既成の価値観に縛られず、新しいことを推進するためです。本社にいると、どうしても「マーケットを守る」という強い価値観の影響を受けてしまいます。もちろん、それは重要なことで悪いことではありません。ただし、ちょっとした変更やプラスアルファ的な要素では、むしろ、既成概念にとらわれず、自由に取り組んでもらったほうがよいと判断したわけです。

SCSK
執行役員 PROACTIVE事業本部長
菊地真之
MASAYUKI KIKUCHI

菊地 なるほど。ものすごく、わかります。実は、私どもの商品・サービスであるERP(Enterprise Resource Planning)のようなシステムについても、似たような側面があります。私どもがお客様に提供してきたERP「PROACTIVE」は、30年超の歴史がある中で、「変わらないことが正義」といった価値観というか思い込みが一部あり、これが成長阻害につながっていた面があるからです。それが「企業文化」のように常態化してしまうと、事業成長の機会を阻害してしまうという負の側面が出てきてしまいます。

田倉 自分たちが「正しくあらねばならない」という思いが強すぎて、どうしても外部のものを入れることを嫌う文化はありました。しかしいまは、他のプラットフォームと連携して、我々がリーチできなかったお客様に情報が届けられるなら「いいじゃないか」と、積極的に協業を仕掛けています。