クライスラー再生策はドライブ中に生まれた

 1990年代のクライスラー(現ダイムラー・クライスラー)の窮状を救う策が、当時の社長ロバート・ラッツの頭に直感的に浮かんだのは、週末のドライブを楽しんでいる最中だった。

 88年のある暖かい日、ラッツは愛車のスポーツ・カー〈コブラ〉でひと走りしようと出かけた。ミシガン州南東部を疾走しながら、クライスラーに向けられた批判の数々をひとまず忘れてリラックスしたかったのだ。

 当時のクライスラーは、「脳死状態」「技術が時代遅れ」「独創性に欠ける」「日本の自動車メーカーどころか、ゼネラル・モーターズやフォード・モーターにも後塵を拝している、危機的状態にある」などと揶揄されていた。

 皮肉なことに、彼はこのドライブがあまりに快適だったために、かえって楽しむ気持ちが失われてしまった。「後ろめたい気分でした。自分はクライスラーの社長でいながら、フォードの強力な支援によって製造された素晴らしい車を運転していたのですから」というのが原因だ。

 要するに〈コブラ〉に搭載されたフォードのV型8気筒エンジンのせいだ。愛社精神あふれる彼は、「フォード・エンジン搭載」と書かれたプレートを愛車から取り外していた。

 それでもまだ罪の呵責にさいなまれ、その日のドライブでは〈コブラ〉のエンジンをクライスラー製に換えられないだろうかと考え始めていた。そうすれば、きっとやましさを感じずに愛車を堪能できるだろうと──。

 だがすぐに、クライスラーがそれだけの基準に達するV8エンジンを持たないことが頭をよぎった。エンジンを自社製に換えれば、かなり性能が落ちる。彼は「クライスラーは他社にはるか遠く後れていた」と、当時を述懐している。

 ドライブ中のラッツの頭は目まぐるしく回転した。

「たしか、クライスラーは小型トラックの新型モデル用に10気筒の高性能エンジンを開発していたはずだ。それが打開策にならないだろうか」

「そう言えば、あのトラックのために強力な5速マニュアル・トランスミッションを製造していなかったか」