HBRは、本記事の準備段階で協力してくれたハーバード・ビジネススクールの技術・業務管理を専門とするステファン・トムク準教授に謝意を表します。

デザインにかける情熱とコストダウン圧力との相克

 ビー・エム・ダブリュー(以下BMW)のカラー・素材部門には、ピーンと張りつめた空気が漂っていた。財務担当マネジャーが、顧客の目には見えない部分にまで高価な素材を使う理由を問い質そうと、私に詰め寄ってきたのだ。

「あなた方もわかっていますよね、BMWが選ばれる理由を。顧客はそのスタイリングや高性能エンジンが気に入っているからこそ、我々の車を買っているのです」

 その時、チーフ・デザイナーがうんざりした様子を露わにしながら、つかつかと私のほうに歩み寄って来た。その手には、セダンの新モデル用に試作したコンソール・ボックス(車検証などを入れるスペース)があった。

 彼女は財務担当マネジャーを無視して、コンソール・ボックスのカバーを開けた。なかにあるポケットの内側(むろん外目には見えない)を指で触りながら私に言った。

「この部分を触ってみてください。部品メーカーは素材の風合いのことで、頭を抱えています。表面の仕上げがよくないですよね」

 彼女が私の返事を待つ間、財務担当マネジャーはじっと私の反応をうかがっていた。

 これはまさに、企業の論理とアーティストの情熱が火花を散らした瞬間だった。この手の対立は消えてなくなることは永遠にない。ご多分に漏れずBMWでも、しかも私の目の前で発生したのである。

 チーフ・デザイナーの言わんとしていることは正しかった。ポケットの内側に施された素材の感触は、たしかにBMWの厳しいデザイン基準に達していなかった。