市場メカニズムを無視し続ける医療業界

 ポータブル型のX線機器が、小さなカートに載って診療所内のあちこちで使われていると想像してみてほしい。この機器のX線の強度は弱いが、その映像は明瞭である。小児科医や内科医、看護婦は、大病院に頼らずとも自分の診療所で、骨に入ったヒビや組織にできた腫瘍を見つけられる。

 この医療機器の秘密は特許取得済みの〈ナノ・クリスタル〉プロセスにある。これには、軍隊から借用した暗視技術が用いられている。通常のX線機器の1割程度のコストで済むため、実用化されれば、患者やその雇用主、保険会社にとっては大幅な節約になる。偉大なイノベーションであることに間違いないだろう。

 だが、そうならなかった。この機器を開発した起業家が、既存の医療関連企業数社に特許を売り込もうとしたが、食い込むことはできなかったのである。この機器が自分たちのビジネスモデルを脅かすものだったため、X線機器の大規模サプライヤーは、関係を持ちたがらなかった。

 このような事例は、医療業界ではよくあることだ。高コストの医療サービスに代替する、より扱いやすい手段も、強大な組織の力によって押しつぶされてしまう。生活の糧が脅かされるという理由からである。

 また、低コストへの変化に抵抗する人々が幾重にも存在している。たとえば、かの起業家が特許の供与にこぎつけたとしよう。だが、そこまでたどり着いても、再び越え難い障壁にぶつかってしまうだろう。

 規制当局は、患者をリスクにさらすことを恐れて認可を棚上げする。また当局による資格を取得しているX線技師も、自分の仕事を守るために抵抗するだろう。

 さらに、一般的な定型手続きしか認めない保険会社は、それに対する保険金の払い戻しを拒否する。そして、放射線科や緊急医療科に多大の投資をしている病院も、負傷者は自分の病院に送り込まれることを望んでいるので、変化を妨げる側に回る。

 低コストの代替手段が登場すると、このような抵抗が起こるのはもっともなことだ。だがそれは、業界やそのサービス提供先である患者の利害から見て望ましいことではない。むしろまったく逆である。

 医療業界は「市場の力」に従って、門戸を開放する必要に迫られている。だが医療の専門家は、市場の力という言葉を忌み嫌っている。