ネットワーク・インキュベーターの登場

 いま、インキュベーション業界が熱い。インキュベーターは、一般に「ビジネス・アクセラレーター(事業成長の触媒役)」「キャンパス」「エコネット」「インターネット・ケイレツ(系列)」など、さまざまな名前で呼ばれているが、いずれも新興企業をふ化・成長させる役割を担い、インターネット・エコノミー繁栄の立役者と目されている。

 オフィス・スペースや資金を提供するほか、リクルーティング、経理や法務といったインフラ的サービスに至るまでその活動は幅広く、通常はその見返りに新興企業の株式を受け取る。ホットバンクやCMGI、インターネット・キャピタル・グループ(以下ICG)、アイデアラボ!などが、優れたインキュベーターとしてその名を馳せている。

 これらインキュベーターは、過熱する株式市場に咲いたあだ花なのだろうか。それとも、新興企業を成功に導く役割を永続的に果たしうる、真に価値ある存在なのだろうか。

 後者のような肯定的な見方もできなくはない。しかし残念ながら、オフィスや店舗スペースを提供する以外、ほとんど存在意義のない事例が散見される。これでは、新興企業にはもちろん、投資家たちにしかるべき価値をもたらせるはずもなく、その先行きは不透明極まりない。

 しかも、株式市場は投資家たちの厳しい目にさらされており、支援先企業をおいそれとIPO(新規株式公開)まで持ってはいけないため、失敗の可能性はますます高くなっている。

 とはいえ、我々が実施したインキュベーター調査(最先端企業数社に関する詳細調査と169社に対する電話調査)によれば、独特のインキュベーション手法を備えた一部のプレーヤーは好業績を上げやすいことがわかった(囲み「169社のインキュベーター調査」を参照)。本稿では、これらのプレーヤーを「ネットワーク・インキュベーター」と呼ぶ。

169社のインキュベーター調査

 経済紙やビジネス誌で、ネット関連のインキュベーターに関する記事を目にする機会が増えている。しかし、この業界はまだ黎明期にあり、一般の多くに知られているとは言い難い。

 そこで筆者たちはその実態を明らかにすべく、代表的な数社を取り上げて詳細に研究する一方、大規模な調査を実施して、世界各地でこの2年間に350社以上のインキュベーターが誕生したことを確認した。

 そのなかから無作為に抽出した169社の経営者に電話インタビューを実施し、その結果を"The State of the Incubator Marketplace"(インキュベーション業界の現状)というリポートにまとめた。

 なお、このリポートは、http://www.hbsp.harvard.edu/hbr/incubatorから入手可能である。

 ネットワーク・インキュベーターの際立った特徴は、インターネット関連の花形企業と支援先企業の間で提携関係を取り持つメカニズムを有している点だ。その狙いは、各企業に知識や才能の移転・共有を促すことと、マーケティングや技術といった分野で協力関係を結ばせることにある。

 したがって、このような支援を受ける新興企業は、このビジネス・ネットワークを利用して、短期間に経営資源を獲得したり、他社とタイアップしたりできる。その結果、ライバルに先んじて有利な市場地位を確保できるというわけだ。

 よく言われるように、ニュー・エコノミーとは、すなわち「ネットワーク・エコノミー」である。本稿で紹介するインキュベーターたちは、このネットワークの力をフル活用して、将来性の高い提携先やアドバイザーを見つけ出し、支援先企業にいち早く紹介している。

 しかるべき戦略に支えられたネットワーク・インキュベーターならば、大企業と小規模ベンチャー・キャピタル(以下VC)の両方の美点、つまり「規模の経済」と「範囲の経済」を享受すると同時に、起業家精神を兼ね備え、しかも、ネットワークという武器を手にしている。