組織はインタラクション・コストに従う

 1970年代の終わりまで、IBMやバローズ、ディジタルイクイップメントなど、垂直統合された巨大企業がコンピュータ業界を支配していた。これら巨大企業はその大きな事業基盤ゆえのスケール・メリットにあずかり、まさに不滅不倒の感があった。しかしその後10年足らずのうちに、業界の勢力図はすっかり書き換えられてしまった。巨大企業の苦戦をよそ目に、専門分野に特化した小規模企業が軒並み頭角を現し始めたのである。

 その発端は、1978年、当時はまだ小さな企業だったアップル・コンピュータ(以下アップル)が〈アップルⅡ〉というパーソナル・コンピュータ(PC)を発売した時点に遡る。

〈アップルⅡ〉はオープン・アーキテクチャの戦略を採用した。その結果、コンピュータ・ビジネスの門戸は広く開かれ、ハードウエア専門、ソフトウエア専門といった新興企業が多数参入することになった。そして、規模や知名度を誇っていたゼネラリスト集団には翳りが訪れ、創造性や迅速性、柔軟性を備えたスペシャリスト集団が優位に立った。

 このようなコンピュータ業界の変貌が意味することは、業界や企業の形成における「インタラクション・コスト」の重要性である。インタラクション・コストとは、人や組織が財やサービス、アイデアなどを交換するときに費やす金や時間を指す(1))。

 このインタラクションという行為は、企業内、企業間、企業と顧客の間など、どこでも行われている。その形態もさまざまで、会議や仕事の打ち合わせ、電話での会話、電話セールス、報告書やメモの作成といった日常業務でも起こりうる。すなわち、インタラクション・コストは、経済活動の“摩擦”によって発生するのである。

 企業組織の姿や取引先との関係は、総じてインタラクション・コストによって決まる。たとえば、ある社内業務のインタラクション・コストがそれをアウトソーシングした場合のコストよりも低ければ、アウトソーシングせずに社内で処理するほうが賢明である。他の条件が同じであれば、インタラクション・コストを全社的に最小化する方向で組織はデザインされる。

 アップルのオープン・アーキテクチャが登場したことで、コンピュータ業界ではインタラクション・コストが大幅に下がることとなった。きちんと文書化された標準仕様に従うことで、企業間には互助の関係が芽生え、補完財が簡単に生産され始めた。

 その結果、アップル、インテル、マイクロソフト、サン・マイクロシステムズ、アドビ、ノベルなど、専門特化した企業が協調し合う企業ネットワークが形成され、ひいては盤石な地位を確立していた大企業と伍して戦えるようになった。これらの新興企業の中には、急速に成長して大企業になったものも多いが、専門分野に絞って業務を行うという姿勢はいまだに変わらない。

 この話から学ぶべきことは何だろうか。インタラクション・コストが変化すると、業界全体が急速かつ大幅に再編成される可能性が高いということである。特に今日、グローバル経済全体において、インタラクション・コストは広範囲に、しかも連鎖的に下落する傾向にある。

 マネジャーたるもの、だれでもこの問題について立ち止まって考えてみる必要がある。強力な機能を備えたPCがデジタル・ネットワークと結びつくことによって、通信やデータ交換をいままで以上に迅速かつ安価に処理することが可能だ。ビジネスのインタラクションがインターネットなどのデジタル・ネットワーク上で処理される比率が高まるにつれて、企業組織の前提条件は覆されるだろう。