-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
-
PDFをダウンロード
本稿は、1999年9月23日にサンタフェで開かれた「新経済フォーラム」(CS First Boston Conference)における講演、および同年9月26日にサンフランシスコで開かれた「全米企業経済学脇会」(National Association for Business Economics)での基調講演をもとに加筆修正されたものである。
リスクの本質を知ることが優れた意思決定に通じる
1996年に拙著『リスク』(日本経済新聞社)が刊行されて早3年が経ったが、リスクに対する意識はますます高まる一方だ。7年前に私がこの分野の研究を始めたときよりも、その議論は活発化しており、いまやホットなテーマの一つになっている。
これほどまでに複雑性と不確実性が高くなると、将来何が起きるのかを予測したうえで、代替案の中から適切な行動を選択する能力、すなわち「リスク・マネジメント能力」が欠かせない。いまこそリスクの歴史を振り返り、その本質を理解する絶好のタイミングだと言えよう。
リスクの概念をいかにとらえるか、私自身の中でもなかなか定まらなかった。当初は、「確率」「正規分布」「標本調査法」「平均への回帰」「標準偏差」といった数学の歴史に残る発見に目を奪われてしまい、これらを勉強することが目的と化してしまった。
このような数々の偉業は、まるで現在のリスク・マネジメントの科学的基礎を形成するために生まれたかのように思われたからだ。初めからそのような使命を背負って、非凡な一部の人間――奇抜さ、注意深さゆえに選ばれし人々――の頭の中に、どこからともなく湧き上がってきたのではないかと。しかもその功績は、数学の領域だけにとどまらず、世の常識や社会現象の解釈すら変えてしまった。まさしく称賛に値する知的な所産なのである。
しかし、これら数学的な発見は、目の前の目標、すなわち「不確実性に挑戦する」という目的を達成するための“道具”にすぎない。リスクとは意思決定を左右するものであり、それゆえ数学は、そのプロセスにおいて利用される手段の域を出ない。言い換えれば、このツールの使い方を把握して、初めて意思決定の第一歩を踏み出すことができるのである。しかし、これは簡単なことではない。
リスクの源は神秘のべールに包まれており、リスク・マネジメントとはそのような未知の領域に焦点を当てるものである。未知なるもののすべてを把握できるならば、そもそもリスクなど存在しない。
未来はすべて神の気まぐれで決められているのだろうか。この点については、意思決定理論のルーツを探ってみるのがよい。その一つが「パスカルの賭け(Wager)」である。
「確率の父」と呼ばれるブレーズ・パスカル(*)は、かの有名な著作『パンセ』(瞑想録)の中で、「神は存在するのかしないのか」という問題の核心に迫り、自らに「どちらの考えを信ずるべきか」と問うた。そして、自ら答えを導き出そうとしたとき、その決め手を神の存在と不存在の問題に置いた。
しかし結局は、この問いに理性をもって答えることはできない。なぜなら、この問いに正解はないからだ。事ほど左様に、人生というものは、我々がいかに合理的な意思決定を下そうと試みても、しょせん無理な問題にしばしば直面するものだ。



