ビジネスと環境保全は両立するのか

「地球環境に配慮すると利益は向上するのか」。ビジネスと環境保全の両立に関する議論は、その答えがイエスかノーかを問う二元論の域を出ない。ビジネススクールの教授や環境運動のリーダーたちは、もちろんイエスと答えてきた。一方、ビジネスマンはこの答えに懐疑的だが、それも無理はない。地球環境問題以外の領域では、そもそも「すべてか無か」という考え方を本能的に拒絶しているからである。

 シンガポールに新しい工場を建設して儲かるのかどうか、資本負債比率を上げた場合はどうなるのか、特許侵害で競合他社相手に訴訟を起こして採算が取れるか――もちろん、いずれの答えも「ケース・バイ・ケース」である。地球環境問題も同様である。正しい方向性は、企業が直面している状況と選択した戦略によって決まるものだからだ。

「ビジネスと地球環境」をテーマに書かれた論評の多くは、この点を無視しているようだ。その根底には、「地球は病に伏している。その健康回復を助けるには、収益性の高い投資がなくては始まらない」という前提が存在する。具体的には、リサイクルや太陽エネルギーの活用、小規模農業といった活動を推進すれば、企業の利益にもなるはずだというのである。

 しかしこの論理はおかしい。地球環境問題が即ビジネスチャンスとなるわけではない。また逆に、環境保全に貢献するような投資は元が取れない、という姿勢も正しくない(囲み「固定観念にとらわれるな」を参照)。

固定観念にとらわれるな

 地球環境問題を事業テーマの一つとして考える。まさしく「言うは易し行うは難し」。企業では常識になっている固定観念がこの問題をややこしくしている。

(1)環境問題への取り組みは企業の社会的責任である

 社会的責任について考えを巡らすことは大切だが、地球環境問題をこの観点だけでとらえてしまうと、そこに隠れているビジネスチャンスやリスクを見過ごしかねない。地球環境問題を他の問題と同様に扱うことで、より創造的な問題解決法が導き出され、最終利益も向上するだろう。

(2)地球環境問題は悲観論に行き着く

 どの領域でも、成功者と称される有能なマネジャーは、自社と競合他社とを分かつチャンスを逆境の中に見出している。にもかかわらず、このような人たちですら地球環境問題を語るその口調が実に受動的で、悲観的なのに驚かされる。

 なぜ、このような態度をとってしまうのだろうか。その理由は、地球環境問題イコール、コストの増大と連想してしまうからだ。さらに、地球環境問題に下手に手を出すと、(政府や環境保護団体のために)事業を思うように運営できなくなると懸念している。しかし本論の事例が示しているように、これは必ずしも真実ではない。

(3)環境マネジメントはゼロサム・ゲームである

 ゼロサム・ゲームの場合、勝者がいれば必ず敗者が存在する。そこで、地球環境が勝れば企業は損を被り、企業が潤えば地球環境はおろそかにされる。このような見方が大勢を占めている。

 これは一つには「地球環境は政治やモラルの問題である」という考え方が人口に膾炙しているからである。選挙やモラルを問う戦いはその定義からしても、またその目的からしても白黒がはっきりしている。しかし通常、ビジネスはそのような理屈で運営されていない。むしろ、自分と他者が同時に利益を享受できるようなチャンスを探し出すのがビジネスである。

 地球環境問題の性質によっては、勝敗がはっきりしてしまうケースもあるが、「すべてがそうだ」と決めつけてしまうのは、早計である。

(4)政府や環境保護団体は企業の敵である

 このような見方も、ときには正当化される場合がある。役人や環境保護信奉者の中には、まぎれもなく企業に敵意を抱いている人がいるからである。

 政府やNPOは、今後も変わることなく、環境マネジメントにおいて何らかの役割を担っていくことだろう。唯一の問題は、今後担うべき役割とは何かという点である。

 場合によっては、外界からの脅威に手を組んで対抗する場合もあるだろう。しかし、競合他社に対抗するために、役人や環境保護信奉者と手を組むのが妥当な策の場合もあるのだ。

地球環境問題の落とし穴

 地球環境問題に取り組むにあたって、マネジャーは過度な悲観論や受け身の姿勢に陥らないよう用心しなければならない。その一方で、希望的観測や狭量な見解にとらわれて地球環境問題を余計に悪化させ、株主に要らぬ金銭的負担をかけないよう注意する必要もある。以下に、よく見られる落し穴のいくつかを紹介しよう。

・ビジネス面の利害に左右されて、科学分析や経済分析に対する評価の目が曇ってしまう

 マネジャーたるもの、地球環境問題を解決するためのコストを気にするあまり、事の重要性を指摘している科学的証拠への判断を歪めてしまうことがあってはならない。見て見ぬ振りをして「嵐は過ぎ去った」と言い聞かせることもできるだろう。しかし長期的に見れば、その場だけ危険から目を背けたところで、その危険が消え去ったわけではない。

・現状維持も選択肢の一つであると思い込んでしまう

 現状を基準として、その現状がどうなっているのかを観察し、それをどのように変えられるかを考察するのは一般的なやり方だ。しかしときには、どうあっても変化が起きてしまうこともあるので、マネジャーは自分が現状を維持できるだけの能力を持っているのかどうかについて、実際に自問自答する必要がある。

・見解を異にする意見を遠ざけてしまう

 だれでも、同じ見解を持っている人と話しているときは気楽なものだ。しかしマネジャーは、新しい視点や新しい事実を色眼鏡で見たりしてはならない。これらの新しい視点は、役人や環境保護信奉者といった、普段は付き合いのない人たちと定期的に対話することで得られる可能性が高い。

 以上の問題点は、すべて克服可能なものである。執行役員たちは、地球環境問題以外ならば、楽観主義や日和見主義、分析的思考、寛大さなどを本能的にうまく発揮している。地球環境問題に関して意思決定を下す場合にも、他の事業テーマと同じように臨むことで、企業にとっても地球環境にとっても有益となることだろう。

 地球環境問題も、事業テーマの一つとして考えることが第一歩となる。環境関連投資も他の投資と同じルールに則って行われるべきだ。当然、その投資によって、利益が向上する、ないしはリスクが縮小されなければ意味がない。

「地球環境に配慮すると利益は向上するのか」という漠然とした問いから一歩進んで、「環境関連投資がどのような状況を生み出せば、株主に利益がもたらされるのか」と自問自答してみる必要がある。

 ビジネスの常識に従って地球環境問題に取り組む場合、そのアプローチとして次の5つが挙げられる。

(1)製品の差別化
 製品を差別化できればプレミアム価格を設定できるため、競合他社に水を開けることができる。

(2)競合他社の封じ込み
 独自のルールを定めるか、あるいは、政府の規制策定を手助けすることで、競合他社の動きを封じ込める。

(3)内部コストの削減
 地球環境問題の改善に結びつくような内部コストの削減策を実施する。