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経営者の志はけっしてかなわぬものではない
たいていの経営幹部ならば、何らかの「志」を持っているものだ。それは壮大にして達成困難、しかも大胆不敵ですらある。
たとえば、「自社ブランドをコカ・コーラの上をいくものにしたい」「サイバー・スペースの中で、いちばん儲かるウェブ・サイトを作りたい」「社員たちに『最大のライバルを負かせてやろう』という意気込みで働いてほしい」等々。
しかも、こうした無謀とも思える目標が現実になることを心底望んでいる。だからこそ、ビジョンを掲げ、その内容を説き、改革計画を発表する。そして、複雑なインセンティブ・プログラムを導入したり、規則やチェック・リストを作ったり、方針や手順を変更したりする。しかしその結果、よかれと思うことがかえって、無意味な官僚主義を次から次へと組織の中にはびこらせてしまう。これでは、大胆で野心的な夢がかなわないのも無理はない。
実は別の方法がある。私は過去6年間にわたって、こうした日標を成就させるうえで、シンプルだがきわめて効果の高いマネジメント手法について、調査研究を進めてきた。このほど私はそれを体系化し、「触媒メカニズム」(catalytic mechanisms)と名づけた。
触媒メカニズムは、ビジョナリー・カンパニーにおいて目標とその実現の橋渡しをする仕組みであり、それを触発する手段でもある。しかも、インセンティブ・プログラムや規則といった官僚主義的な手段に頼ったりはしない。言い換えれば、独立宣言が合衆国憲法の中心的要素を果たしているのと同様に、触媒メカニズムのそれは高邁な野心を具体化し、現実へと成就させるものである。もちろん、壮大にして達成困難、しかも大胆不敵な目標であろうと、実現可能にしてくれる。
調査結果によると、現在、触媒メカニズムが存在する企業はごくわずか(おそらく9~10%)にすぎない。それと気づかずに触媒メカニズムを活用している企業もある。しかし、触媒メカニズムを創り出すのも、実施するのも、比較的簡単であることがわかった。
「壮大にして達成困難で大胆不敵な志」、すなわち「BHAG」【ビーハグ】(big, hairy, audacious goals)を達成する手段として、触媒メカニズムはほとんど使われていないが、その有効性を考えれば、最も確実なものである(囲み「BHAGを解剖する」を参照)。
BHAGを解剖する
共著『ビジョナリーカンパニー』のための調査を進めるなか、ジェリー・ポラスと私は、生存競争を勝ち抜いてきた偉大な企業を調べてみた。すると、その多くが何らかのBHAGを設定し、それを追求していることを発見した。優れたBHAGには、以下のような3つの特徴がある。
①10年から30年、あるいはそれ以上の長期的な時間で実現される
BHAGの重要性とは、詰まるところ、組織を触発して、その基礎能力を長期的かつ劇的に向上させるような変化を起こさせることである。
たとえば、「顧客に最大級の利便性を広範囲に提供する史上最強の世界的金融機関になる」というBHAGは、シティコープが1915年に設定したものだ。これを達成するのに50年以上かかった。
そして、90年代初頭に設定された、「世界中で10億人の顧客を獲得する」という同社の新しいBHAGを達成するには、少なくとも20年はかかるだろう(同社の顧客数は、現在1億人にも満たない)。短期的なBHAGを定めれば、経営幹部は短期的な目標を達成するために長期的な成果を犠牲にしてしまう。
②明快で、説得力があり、だれもが理解しやすい
優れたBHAGは、どんな言葉で表現しようとも明快な内容のものである。たとえば、1950年代に設定されたフィリップ・モリスのBHAGは、「R.J. レイノルズを打倒して世界一のたばこ会社になる」であった。これに誤解の余地はほとんどない。
私はこれを「エベレスト基準」と呼んでいる。エベレストに登るという目標には、「世界で最も有名な山を登攀する」「世界最高峰を征服する」「東経87度、北緯28度にある山頂に到達する」、あるいは「ネパールにある高さ8848メートルの山に登る」など、何百通りもの言い方がある。宣言の草稿を何時間も推敲しているうちは、まだBHAGの形は定まっていないのである。
③組織の軸となる価値観と目的に結びついている
最良のBHAGとは、その場しのぎの行き当たりばったりではなく、その組織の軸となる価値観と存在理由にマッチしているものだ。
たとえば、ナイキが1960年代に設定したBHAGは「アディダスを打倒する」であった。これは、「競争し、それに勝利し、ライバルを打ち倒した感動を味わう」という同社の軸となる価値観と完璧に合致している。
また、ソニーが1950年代に設定したBHAGは「日本製品は低品質という世界的イメージを変えた企業として認知されるようになる」というもので、日本の文化と国家の世界的地位を向上させるという、同社が明言した軸となる価値観をそのまま表現したものだ。
この3番目の特徴は、そもそもなぜBHAGを持つのかという理由につながる。それは変化、改善、革新、刷新といった進歩を促す強力な手段であると同時に、軸となる価値観と目的を持続させる手段でもあるからだ。継続と変化を融合させるこの驚くべき能力こそ、生存競争を勝ち残ってきた偉大な企業が単に成功した企業と一線を画するものだ。
言うまでもなく、その秘訣は単にBHAGを設定するだけでなく、それを達成することであり、それはまさに触媒メカニズムの力にかかっている。
顧客が支払金額を決める「ショート・ペイ」システムが満足度と利益率を高める
カリフォルニア州ワトソンビルにあるグラナイト・ロックという企業を例に挙げてみよう。同社は創業99年という歴史を誇り、砂利やコンクリート、アスファルトなどを販売している。
かれこれ12年前、共同社長に就任したブルースとスティーブのウールパート兄弟は、新たなBHAGを掲げた。それは、「あらゆる面での顧客満足を実現し、ノードストロームに勝るとも劣らないサービス水準を達成する」という目標だった。ノードストロームといえば、顧客満足度の高さにかけては世界有数の高級デパートである。
いまや野暮と言われても仕方がない同族企業にしては、控え目とは言い難い目標だった。なにしろ社員の多くは、汗まみれになって採石場で働く屈強な人々であり、顧客もこれまた汗まみれで屈強な建設労働者やその下請業者が中心で、小手先のサービスで惑わされたりはしない人たちである。こうした野心的な志を実現させるには、いったい何が必要なのだろうか。少し考えてみよう。



