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覇者の驕りゆえに環境変化に立ち後れる優良企業
少し前までは順風満帆だった企業が、環境変化の荒波に飲まれて、あっという間に沈んでしまう。このような、何とも理解に苦しむ事実が、ビジネスの世界で日常茶飯事のように起こっている。
これらの企業に共通しているのは、新しい製品や技術、戦略を武器とする競合が現れると、うまく応戦できず、減収減益、優秀な人材の流出、株価の急落といった危機に直面してしまうことだ。血の滲むような合理化とリストラクチャリング(事業の再構築)を重ねて、最後には何とか立ち直る例もないわけではないが、多くは再生することはない。
繁栄を謳歌していた企業が、なぜ奈落の底に落ちてしまうのか。一般には、その原因は「無為無策」にあると言われている。道路を横切ろうとした鹿が車のライトにすくんでしまうように、事業が暗礁に乗り上げた企業は身動きがとれなくなる、というわけだ。
だが、これが本当の理由だとは思えない。筆者の研究によれば、繁栄から一転して苦戦を強いられている企業が、何の策も講じることなく麻痺状態に陥っている例は、ほとんど見当たらない。真実はまったく逆である。このような企業の経営者は、脅威をいち早く察知し、事業にどのような影響があるのか徹底的に分析し、猛然と反撃を試みている。それにもかかわらず、業績を回復させられないというのが実情である。
どうやら問題は、行動していないことではなく、「適切な」行動がとれないことにあるようだ。その主な原因は、経営陣が頑迷であったり、目も当てられないほどの無能であったりとさまざまだが、何よりも目につくのは、「覇者の驕り」(active inertia)である。"inertia"は、一般にはビリヤード台の上で静止するボールのように「動きのないこと」を指すことが多いが、物理学の分野では「慣性」という意味で使われている。
つまり、覇者の驕りとは、ドラスティックな環境変化に立ち向かうべきなのに、慣れ親しんだ行動パターンを踏襲してしまう、企業の性【さが】のことである。市場リーダーは往々にして、かつて自社を成功に導いてくれた思考様式や仕事のやり方を信じたまま、遮二無二進んでしまうものだ。そして、もがけばもがくほど、自らを窮地に追い込んでいく。
覇者の驕りは多くの成功企業が陥る罠であり、その原因と兆候はぜひとも理解しておかなければならない。もし業績不振の原因が無為無策にあるのだとすれば、当然、「まず動くこと」こそ最善の対策だと判断できる。だが、場合によってはその行動があだになる。行動を起こす前に、あらゆる問題点について入念に検討しておけば、何をしなければならないのか、そして――同じように重要なことだが――何がその妨げになりそうかが明確になり、凋落の危機を遠ざけることができる。
では、自信過剰に陥るとどれほど悲惨な結末が待っているかについて、ファイアストン・タイヤ・アンド・ラバー(以下ファイアストン)とローラ・アシュレイの2社の事例を通して説明しよう。両社に共通しているのは、かつては一世を風靡しながらも、時代に後れを取ってしまった点であり、しかもそれは手をこまぬいていたからではなく、的確な行動がとれなかったことを原因としている点である。
[事例①]
自信過剰で凋落をたどったファイアストン
1970年代初めまで、ファイアストンは70年もの長期にわたり、絶えず右肩上がりの成長を続けていた。同じオハイオ州アクロンを本拠とするグッドイヤー・アンド・ラバー(以下グッドイヤー)とともに、好調なアメリカのタイヤ業界の双璧として君臨し、経営者たちは、自社のポジショニングと戦略について、明確なビジョンを持っていた。
その図式は、主な顧客はデトロイトの自動車業界のビッグスリー、ライバルはグッドイヤーをはじめとする国内の主要タイヤ・メーカー、そして、経営課題は順調に伸びるタイヤ需要に応えること、というきわめて単純なものだった。



