どんな企業組織にも「ヒーリング・リーダー」が存在する

 マイケルは、電力会社のシニア・プロジェクト・マネジャーとして約10年、その手腕をいかんなく発揮してきた。彼が率いるプロジェクト・チームは敏腕で、いつもアイデアにあふれ、他部門をサポートすることも珍しくなかった。しかし、理事会が気難しい人物をCEOに任命し、マイケルを直属の部下に置いて以来、状況は一変した。

 このCEOは部下のところにやってきては、あるときはからかい、あるときはすごむこともあった。また、理由もなく仕事ぶりを批判したりと、要するに気まぐれだった。そのせいか、胃潰瘍で入院し、退職を願い出るプロジェクト・マネジャーすら現れた。みんなも会社に裏切られた気分で沈んでいた。社内のあちこちでひそひそ話が交わされ、コピー紙は履歴書のために使われた。だれも一生懸命働こうとはせず、仕事にならなかった。

 マイケルは「会社が停滞してしまうよりはましだろう」と思い立って、この新しいCEOと同僚の間に割って入った。周りに聞こえないように密室に2人を招き入れ、CEOに同僚の愚痴や不満を聞かせた。それを聞いたCEOが反撃に出ると、マイケルは同僚をかばった。しかし、仕舞いには自分がたたかれる羽目に陥った。

 これまでのマイケルといえば、ときにはCEOのスポークスマンを買って出て、同僚たちにCEOの筋の通らない指示をわかりやすく説明していたし、「CEOはそんなに悪い奴じゃない。本心では会社によかれと思ってのことだよ」と言うのが彼の口癖であったにもかかわらず。

 マイケルは理事会がCEOを解任するまでの3年間、そのように頑張ってきた。この3年間堪えに堪えてきたマイケルだったが、ついに転職しようと思うようになった。彼は当時のことを、このように述懐している。

「大企業組織という状況にこれ以上我慢できるかどうかわからなかったのです。結局会社に残りましたが、1年間はマネジャー職を離れて、チームの一員として働きました。私には充電期間が必要だったのです」

「状況を我慢する」。マイケルは組織に属するがゆえに味わう、自分や他人の精神的な苦痛を自ら吸収し、これを癒すことをこのように表現した。これは重大な役割であった。うるさいCEOが去った後、マイケルのチーム・メンバーたちは、理事会にこのように報告している。

「マイケルが慰めの言葉をかけてくれたり、親身になって愚痴や不満を聞いてくれたり、ましてや、かばってくれたりしたおかげで、いまでも仕事が続けられています」と。

 マイケルは、いわゆる「ヒーリング・リーダー」(toxic handler*編集部注:直訳では「毒物取扱者」となるが、本稿の文意から判断して先のような意訳を施した)であり、ビジネスマン特有の悲しみや不満、怒りの受け皿となることを自ら買って出る人物なのだ。

 会社のどこを探しても、こうしたヒーリング・リーダーを見つけることができるが、その多くはトップ・マネジメントの近くにいる。たとえば、マーケティング部から新商品企画部まで、一人で何役もこなすマネジャーのような、山ほどある日常業務を完璧にやってのける人物だったりする。まず、仕事ができることがヒーリング・リーダーになる条件である。