AIが活用できる環境が整ったのは、日本の中堅企業にとっても大きなチャンス
土井 私はSCSKで中堅企業のお客様を中心にERPなどのソリューションを提案していますが、AIを活用して経営やビジネスを大胆に変革しようとされているお客様もいれば、一條先生が指摘されたように、オペレーションの効率化程度に留まっているお客様もいらっしゃいます。特にテクノロジーへの投資余力が限られている中堅・中小企業は、後者の傾向が強いようです。
どうすれば、日本企業は戦略的な発想でAIを活用できるようになるのでしょうか。
一條 AIの登場は、ビジネスのあり方を根底から覆す不可逆的な潮流だといえます。歴史的な大局観を持ってその波を受け入れ、積極的に乗っていかなければなりません。
産業革命を例に取ればわかりやすいでしょう。200年前に産業革命が起こった時、人が担っていた労働が機械に置き換わることで、仕事を失う職人たちから一時的な反発はありましたが、結局、革命の大波を打ち消すことはできませんでした。同じ動きがいま、AIを起点として起きているのです。
変化に逆らうのではなく、むしろ、それをチャンスと捉えて戦略づくりや意思決定に積極的にビルトインしていくことが求められています。
土井 AIが積極的に活用できる環境が整ってきたのは、むしろ、日本の中堅企業にとって大きなチャンスではないでしょうか。人の代わりに業務を行ってくれるAIエージェントを活用すれば、限られた社員数でも、大企業やグローバル企業とそん色ないスケールのビジネスができるようになり、“同じ土俵”で戦えるわけですから。
一條 おっしゃる通りです。現在の米国におけるAIエージェントの導入状況なども見ていると、AIの台頭は日本の中堅企業にとって大きな好機につながると考えられます。
菊地 先ほど一條先生が指摘されたように、ビジネスにおけるAIの急速な進化と普及は、産業革命に匹敵する衝撃的な出来事だと思います。たとえば、自律的に情報を収集・分析し、適切な業務処理まで行うAIエージェントが普及すれば、データアナリストなどの専門職は、どんどんAIに置き換えられていくでしょう。まさに、産業革命で職人が仕事を失ったのと同じ構図です。
ちなみに、日本ではジョブ型の雇用形態が増えていますが、専門職がAIに置き換わっていくとすると、これから求められるのは、むしろ専門性を持った複数のAIを使いこなせるジェネラリスト型の人材ではないでしょうか。
一條 そうかもしれません。いずれにしてもAIの急速な普及によって、企業は人材戦略のあり方を大きく変えざるをえなくなるはずです。日本企業は伝統的にジェネラリストの育成に長けているので、人材戦略を起点とすれば、勝ち筋を描きやすいかもしれません。
菊地 私は、AIを活用すると情報バイアスの抑制が期待できるのではないかと思っています。ECサイトのレコメンド機能に象徴されるように、従来のITはユーザーの関心度が高い情報ばかりを提供するのが普通だったので、どうしても偏ってしまいます。
その点、AIはユーザーの好みなど関係なく、与えられた「お題」に合わせて情報を集めてくれるので、そこから思わぬ示唆が得られる気がします。
一條 それこそが、私が「新・両利きの経営」を提唱する大きな理由です。「人間による知識創造」は重要ですが、経験に基づく直観には、どうしてもバイアスがかかってしまいます。それを修正し、スピード感を持った経営判断を下せるように補ってくれるのがAIの力なのです。
菊地 お話を伺っていると、AIによる示唆をどこまで採り入れるのかという匙加減が、「新・両利きの経営」を実践するうえでのポイントではないかと思います。この点について、何かアドバイスはございますか。
一條 AIは、「我が社はこれからどうなるのか?」とか「日本はこれからどうなるのか?」といった「正解のない問い」を投げかけられても、うまく答えられません。正解は、経営者がみずからの直観を頼りにつくり上げていくしかないわけです。
AIによる示唆は、あくまでも判断を補う材料の一つにすぎず、最終的にどう決断するかは、自分自身の直観に委ねられるのだという認識が求められるでしょう。
たとえば、最近のIMDの授業で興味深いのは、AIとともに地政学がホットトピックスになっていることです。私がIMDで教え始めたのは2003年ですが、その時には地政学の授業はまったくゼロでした。
それから20年以上経ったいま、地政学はリーダー論や戦略論、グローバリゼーション、サプライチェーンマネジメントなど、あらゆる授業に大きな影響を与えています。
地政学リスクこそは、AIに未来の予見を委ねられるものではなく、経営者がみずからの直観で探り当てていくべきものです。AIの活用は非常に重要ですが、同時に経営者自身の意思決定と判断のレベルを上げていくことが問われています。