「叱咤激励」し、地域課題を解決する

須賀 地域課題の話が出ましたが、その点についてメディアはどのような役割を果たしていくべきでしょうか。

村上 人口減少社会の最大の課題は、かつてのような経済成長が望めない中で、全体としては経済合理性を担保しつつ、地域で暮らす人々が誇りを持って生きることをいかに保障できるか、という点に尽きると思います。

 過疎化が進む地域でインフラを維持するのは難しいため、各地で「コンパクトシティ化」が議論されています。能登半島地震後にもそうした議論が起きました。たしかに経済合理性はあるかもしれませんが、住み慣れた故郷を壊された人たちの心にはまったく寄り添っていない。人々の尊厳を守りながら次に進むには、それぞれの地域課題の自分事化と、「合意形成」を図っていくプロセスのデザインが重要です。

メディア研究者
(東京財団上席フェロー)
村上圭子

須賀 その合意形成にこそ、民主主義の基盤を支えるメディアとしての大きな役割がありますね。行政や議会で論じられている政策のメリット、デメリットを吟味し、住民が自分事として検討できる材料を提供していく。政治的分断が深まるいまだからこそ、コンセンサスづくりのためのメディアの役割がクローズアップされます。

村上 石川テレビに、「能登デモクラシー」など3本のドキュメンタリー映画をつくった五百旗頭幸男さんという制作者がいます。彼は地域メディアの果たす役割として「権力を監視するだけでは不十分で、評価することも重要。しかし、ほめることがメディアにとって一番難しい」と述べています。

 権力を追い込むことはメディアとして「かっこいい」かもしれない。しかし、その結果、地域行政が機能不全に陥って困るのは市民です。だからこそ、監視しつつ応援する、いわば叱咤激励する視点が地域メディアには特に必要ではないかと思います。

須賀 解決が難しい課題ばかりの中、これからの行政は誰からも受け入れられる正解を実行するのは難しいですからね。

村上 だからこそ、メディアも地域の一員として責任を持ち、よりよい解決策を一つずつ考えていくことが重要です。たとえば、地域資源を広域な市場に展開すること。これはすでに多くのローカル局が取り組んでおり、まさに得意とする領域ですが、資源が豊かな地域はむしろ少数でしょう。より困難な課題に対しては、行政やITに強いスタートアップなどと協業しながら、地域メディアはその解決に積極的に参画してほしい。デジタル技術で徘徊老人を見守る、熊の出没情報をリアルタイムでモニタリングする、農林水産業の業務をセンサーで管理するといった取り組みが、すでに始まっています。

 それらの機能は、先ほどの9分類でいう「地域プロモーター」「地域プロデューサー」「地域住民のサポーター」です。地域を全国に売り込むプロモーターに留まらず、汗まみれになって一緒に地域課題を解決するプロデューサーとして、その延長線上で一人ひとりの困り事を解決するサポーターとなる覚悟で臨めば、他地域にも横展開できる新たなビジネスの創造にもつながる。そして、その取り組みは、地域の民主主義の基盤となる報道番組の眼差しにも活かせると思います。

須賀 ビジネスチャンスは十分にありそうですね。ある地方都市では、銀行がATMにお金を補充する手間をかけられなくなったため、キャッシュレス決済をエリア内の店舗や高齢者に広めて、手元に現金がなくても生活できるようにした事例があります。地域においても、テクノロジーで解決できることはたくさんあると思います。

dentsu Japan 
グロースオフィサー
須賀久彌

コンテンツの革新と合意形成の場づくりに期待

須賀 既存メディアとネットメディアの境目がますます曖昧になっています。ネット時代に、既存のメディアはどう変わっていくとお考えですか。

村上 私はそれほど悲観していません。テレビ放送業界は20世紀にメディアの王様であったことで、思考停止していた部分があったと思います。その間に、ネットではユーザーとつながる面白いコンテンツがどんどん増え、若い層を中心に視聴されるようになりました。しかし、揺り戻しも起きつつあります。ネット上の偽・誤情報の拡散や、対立・分断を増幅させるエコーチェンバーといった問題が認識されるようになりました。

 ネットメディアとの競争環境の中で、既存メディアはもう一度コンテンツのイノベーションを起こそうとするはずですし、それによって魅力的なコンテンツが生まれてくるでしょう。むしろ、適正な競争環境ができたと前向きに捉えるべきです。

 そのうえで、既存メディアがもう一歩踏み込んで考えなければならないのが、「言論空間の形成」のために何ができるかです。放送法は、意見が対立する問題については、多角的な論点を提示することを義務づけていますが、単純な意見の羅列や、平板な討論番組では関心を持ってもらえないでしょう。

須賀 視聴者に受け入れてもらえるコンテンツとしてどう成り立たせるか。そのアイデアやノウハウは、バラエティ番組の制作者たちが豊富に持っています。彼らの知見を活かす余地がありそうです。

村上 たとえばAIを活用し、多様な意見がどう分布し、自分の意見はどこに位置づけられるのかをデータで可視化できれば、相互理解や合意形成を促進できるかもしれません。単なる効率化ではなく、制作のブレインとしてのAI活用です。そこに、クリエイターのアイデアを加味し、コンテンツの魅力を高めることが考えられます。

 先ほど須賀さんがスポーツやバラエティの公共性について言及されましたが、報道もスポーツもバラエティも、「自分たちにとっての公共性とは何か」を突き詰めて考えることで、いまの時代に合った新しいコンテンツが生まれてくるはずです。

須賀 メディアとしての「広義の公共性」を探求するために、自分たちは何のために存在しているのかを自問し、言語化していくこと。それが非常に大切だと理解しました。

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