多角化のリスクを減らす方法

 企業が立ち向かう最もチャレンジングな意思決定の一つは、多角化すべきかどうかである。すなわち、報われることも大きいが、リスクも並外れて大きい。成功事例は枚挙にいとまがない。考えただけでもGE、ウォルト・ディズニー、3Mとあるが、クエーカー・オーツ社【*】がスナップル社と果汁飲料ビジネスに参入した(その後撤退した)例や、RCAのコンピュータ、カーペット、レンタカーへの参入のような有名で、高価な失敗の事例もたくさんある。

 何が多角化をそのように予想がしにくく、賭けの要素の大きなゲームにしているのであろうか。まず、企業は、じっくり考える余裕のない状況での意思決定を迫られることがあたりまえだからである。たとえば、ある魅力的な企業が出てきたとして、競合会社がその買収に興味を持つ。あるいは、取締役会が新規市場への拡大を強力に促す。突然、上級マネジャーは、きわめて時間的な制約があるなかで、内部収益率の計算、市場見込み、競合会社の評価を含めた膨大なデータをまとめなければならない。事態をさらに複雑にするのは、企業戦略としての多角化には、一定の間隔を置いて流行の波があることである。言い換えれば、株主の価値を大いに増やすか、著しく損なうかが不明な問題を考えるとき、マネジャーを導く昔ながらの知恵は、ほとんどないのである。

 ただし、多角化は必ずしも、サイコロを転がすような偶然性の高いものとは限らない。たしかに、常に不確実性を伴う。しかし、すべての大きなビジネス上の意思決定は、同じである。また、多角化に取り組む方法についての適切な助言は、山とあるのも事実である(1)。私が調査したところでは、もし、マネジャーがこれから述べる6つの質問を考慮すれば、その考えをさらに伸ばして、多角化の投機性を少なくすることができる。もちろん、これらの質問に答えたからといって、簡単に、やるか、やらないかの意思決定が下せるというわけではないが、そうすることによってマネジャーは、成功の可能性を評価することができるのである。

 それらの質問が提起する問題や喚起する議論は、多角化についての意思決定プロセスに特有の、詳細な財務分析と結び付けて考えなければならない。こうしたツールがセットになってはじめて、複雑で、ときとしてプレッシャーのかかる意思決定を、より組織立った、理にかなったものに変えることができるのである。

 このようにして、多角化すべきかどうかを考えるとき、マネジャーは自らに対し、次の質問を行うべきである。

現在の市場で、自分の会社が競合会社のどこよりも優れているところは何か?

 買い物に行く前に台所のストックを調べることが重要なのと同じに、企業は、自社のユニークで、だれにも侵されない競合上の強みを明らかにしてから、それを別の場所で応用してみることがきわめて重要である。そこで、最初のステップは、自社の強みの性質を厳密に測定することであり、私はそれらを一般的な言葉で、戦略的資産と呼んでいる。

 戦略的資産の評価は、通常、不完全にしか行われていない。問題なのは、大多数の企業が、戦略的資産を明らかにすることを、自社のビジネスを定義することと混同していることだ。ビジネスは、一般的に次の3つの枠組みの一つを利用することで定義される。すなわち、製品、顧客、コア・コンピタンスである(2)。したがって、アプローチ次第で、ソニーは、エレクトロニクスのビジネスであるともいえるし、エンターテインメントのビジネスをしているともいえるし、「製品の小型化」をビジネスにしているともいえるのである。

 しかしながら、多角化の意思決定に直面するとき、マネジャーは、自分の会社が何をするかではなく、競合会社よりも優れているものは何かについて考える必要がある。ある意味では、戦略的資産に焦点を当てることは、市場主導型のアプローチでビジネスを定義することである。そうすることで企業は、企業買収や新規市場進出において、どのようにして価値を付加するかを明らかにせざるをえないのである。すなわち、それは素晴らしい流通であるかもしれないし、創造的な従業員であるかもしれないし、情報変換についての優れた知識かもしれない。言い換えれば、多角化の意思決定は、「我々は、エンターテインメント・ビジネスである」といった大ざっぱで、漠然としたビジネス定義に基づいて行われるのではなく、むしろ「我々の卓越した流通力は、買収企業の業績を根本的に改善することができる」といった戦略的資産を現実的に明らかにすることで行われるのである。

 世界の大手セメント・メーカーであるイギリスのブルー・サークル・インダストリーズ社の事例を考えてみよう。1980年代にブルー・サークルは、自社のビジネスについての不明瞭な定義に基づいて多角化の意思決定を行った。マネジャーたちが心に決めていたのは、住宅産業に関連する製品をつくるビジネスであった。そこで、ブルー・サークルは、不動産、れんが、廃棄物管理、ガスストーブ、浴槽、芝刈り機にまでビジネスを拡大した。すでに引退した幹部は、「芝刈り機への参入は、家の次にくるものは結局のところ庭なのだから、そこで使う芝刈り機が必要だろうというロジックで行われた」と言っている。ブルー・サークルの多角化参入のほとんどが成功しなかったのは、驚くに値しなかった。

 ブルー・サークルの多角化への焦点の定まらないビジネス定義のアプローチは、より適切な質問に答えていなかった。すなわち、自社の戦略的資産は何であり、どのような方法で、どこでそれらを最善に利用できるかということである。