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戦略的思考とコア・コンピタンス
過去、偉大な企業戦略と呼ばれたもののリストを見ると、その末路に標然とせざるをえない。フォードは「標準規格の自動車の大量生産」、ゼネラルモーターズは「垂直統合の採用と市場各層の顧客の嗜好に合わせた自動車設計」、ゼロックスは「コピー機を売るよりコピーを売る」、シアーズは「郊外人口増加圏に位置する店舗で信頼性の高いリーズナブルな価格の商品を販売する」といった具合だ。素晴らしい戦略を旗印に、これらの企業は傑出した業績を上げた。だが、競争環境の条件が変わったとき、各社とも戦略方針の変更に非常に苦労したのである。
企業が戦略の変更に苦しむ理由はたくさんあるが、特に大きな理由は一つだ。それは、「たいていの企業では、戦略的思考が経営上のコア・コンピタンスになっていない」という点である。経営幹部は、繰り返し問題に取り組むなかで自らの経営能力を磨いていく。しかし、戦略変更という任務は、そうたびたび現れるものではない。ひとたび戦略がうまく動き始めれば、企業はそれを変更することなく使い続けたいと考える。結果として、たいていの経営陣は戦略的思考という能力を開発できない。すると、企業の成長を支えてきた戦略がすでに時代遅れになっても、方針を変える必要さえ認識できなくなってしまうのだ。
現実には、企業が戦略プランニングをアウトソーシングする傾同が強まっている。コストの割に生産性の低い社内の戦略プランニング部門に落胆し、戦略万針に関するアドバイスは外部のコンサルティング会社に頼り、上層幹部のコア・コンピタンスとして戦略的思考を育てていくことをおろそかにしてしまう。
本稿では、クリエイティブで一貫性のある戦略を、経営陣自身で策定・実施する際に有効な方法論を提示する。それだけではない。この方法を使えば組織の方向性を繰り返し検証でき、それによって戦略的思考能力を磨くとともに、戦略的決定がどのように市場に結び付いていくのかの理解も深まるのである。
市場の現実と乖離する戦略策定の宿命
競争戦略を策定・実施していくなかでマネジャーが直面する課題として、特に面倒なものが2つある。一つは、その戦略が経営陣の偏見(あるいは無知)を反映しないよう気をつけることだ。こうした偏見は、その企業の過去の成功ゆえに生じる可能性が高い。2つめは、有効な戦略の概要が決まったら、その戦略を正確に反映するようにリソースを配分するよう気をつけることである。これはすなわち、戦略はその企業を取り巻く現実を反映しなければならず、リソース配分のプロセスは戦略を反映しなければならないという意味である。だがこうした緊密な関係は実際にはなかなか見られない。新しい製品・プロセス・サービスを開発するプロジェクト策定や、予算配分を行う際の形式的なプロセスや既存の仕組みは、戦略を策定するプロセスとは無縁であるのが普通だ。また、組織内の人間関係や政争、組織的な要因が戦略策定プロセスに強く影響する場合が多く、そのせいで市場の現実から乖離してしまうのである。
では、イギリスの製造企業バターフィールド・ファブリックス(年商3億5000万ドル、注1)を例に、上層幹部による戦略策定の取り組みが困難で効果も小さい場合が多いのはなぜなのか、またどうすればこうした困難を乗り越えられるのかを見ていこう。バターフィールド社は、防水・合成繊維生地の生産に関してはヨーロッパ最大のメーカーである。しかし1995年、市場は成長しているにもかかわらず、同社の売上げは停滞していた。小回りの利く競合他社が利益率のよい専用製品を武器にバターフィールドを出し抜き、一方で同社の製品ラインのうち価格競争力のある規格品の分野では、低コストのライバルに市場シェアを奪われつつあった。
さらに悪いことに、バターフィールドではコストが増大していた、原因の一端は、積極的な新製品開発にあった。だがここ数年、同社が投入した新製品にはイマジネーションが欠けていた。大ヒットは一つもなかった。新製品の売上げによって既存製品の売上減は相殺できたが、製品ラインの拡大に必要な製造間接費の増大が原因となって、利益は圧迫されていた。
よくある話ではないか。事業そのものの性格は特殊かもしれないが、抱えている問題は普遍的だ。同社は防水生地市場の多くのセグメントに手を広げることで、利益と成長を目指していた。だがいまのところ、ほぼすべてのセグメントで、より専門性の高いライバルとの競争に敗れていた。バターフィールドでは公式に戦略を策定したことはなかったが、戦略がないわけではなかった。規模の経済・範囲の経済を生かし、業界で最大のプレーヤーという評判を利用しようという戦略だ。社内のほとんどの人が、それがバターフィールドの戦略だと考えていたし、新製品・新サービスへの投資も、その戦略テーマにかなったものだった。だが90年代半ばには、もはやその戦略がうまく機能していないのは明らかだった。
「問題を克服しなければ」と躍起になった同社の上層部(社長および、管理、エンジニアリング、販売マーケティング、財務の各担当副社長)は、毎週末に合宿を行って新しい戦略を策定しようとした。だが結局、期待していたほどの成果は上がらなかった。幹部たちは「健全な経営軌道に戻ろう」という断固たる決意で合宿に臨んだのだが、何をなすべきかについて合意できなかったのだ。製造部門は「コスト高の問題は製造ラインを拡大しすぎたからだ」として収益性の低い製品の切り捨てを望んだ。ところが財務部門は、固定費をカバーするためにより多くの製品を望んでいる。マーケティング部門は、高度にカスタマイズされた製品は大きなチャンスになると考えていたが、製品エンジニアリングに時間がかかりすぎて、とうていそれを生かせそうになかった。エンジニアリング部門は、「マーケティング部門がコロコロ要求を変え、処理能力をはるかに超えた製品を抱える開発部門を手一杯にしてしまうから、プロジェクトを完了できない」と文句を言う。
だが、彼らは責任のなすり合いをしていたわけではない。日々突きつけられるデータをもとに、忌憚のない意見を口にしていた。だが、会社の抱える問題をどう解決するか結局意見が一致せず、幹部たちは「我々のアプローチは細部にこだわりすぎていたのだ」との結論を出した。そこで彼らは、一つの声明をつくり上げた。社内で現場の行動にいちばん近い立場で決定を下す人間にとって、有効なガイドラインとなることを目指したものだ。その声明は次のようなものだった。「バターフィールド・ファブリックスの戦略は、ヨーロッパ全土の主要顧客向けに、一貫した品質の高付加価値繊維製品を開発・製造して利益を上げることである。相当の成長を目指すことにより、わが社は、わが社が奉仕する市場における最大のプレーヤーとしての立場を強化する」



