サマリー:省人化が進む外食業界で、トリドールHDは従業員の幸福を起点に顧客の感動と企業成長をつなぐ「心的資本経営」を始動。データで感情を可視化し、人の価値を最大化する新経営モデルの全貌を明らかにする。

省人化・機械化が加速する外食産業において、あえて「人」の可能性にかけ、従業員体験と顧客体験の向上に最大限の力をそそぐ企業がある。「丸亀製麺」などの飲食チェーンを世界展開するトリドールホールディングス(HD)だ。同社は2025年9月、「心的資本経営」の始動を発表した。トリドールHD社長兼CEOの粟田貴也氏と、同社のパートナーとしてデータ活用を支援するプレイド代表取締役CEOの倉橋健太氏の対談を通じて、AI・データ時代における「人の価値」と、従業員の「幸福」が企業の持続的成長をもたらす経営の論理をひも解く。

省人化の潮流への「逆張り」。経営の主語に「心」を据える

倉橋 御社が、人的資本経営をさらに深化させた「心的資本経営」の始動を発表されたのが2025年9月でした。発表直後からさまざまなメディアで取り上げられましたが、人の「心」にフォーカスされた背景には、経営者としてどのような思いがあったのでしょうか 。

粟田 トリドールHDのビジネスの根幹は、お客様に店舗へ足を運んでいただき、そこでしか味わえない体験価値、すなわち「感動」を提供することにあります。そのため当社は、あえて手間暇をかけ、人の手を介して商品やサービスを提供することで差別化を図ってきました。

 しかし、コロナ禍を経て世界は一変しました。原材料費やエネルギーコストの高騰に加え、深刻な人手不足が業界を襲っています。外食産業の多くはフードロボットの導入をはじめとする省人化によって、この課題を乗り切ろうとしています。

倉橋 コスト削減のためにテクノロジーで人を代替する、というのが一般的な考え方ですね。

粟田 ええ。しかし私は、その流れに違和感を覚えます。私たちが提供したいのは「感動」であり、それは人でしか提供できない魅力や価値から生まれるものです。世の中が省人化に向かうからこそ、我々はあえて自分たちの強みである「人」にこだわり、他の外食企業とは違う道を行くべきだと考えました。

 ただ、これから労働力人口が急減する中で、感動を提供してくれる人を集め続けるのは容易ではありません。そこで至った結論が、働く人々の幸せ(ハピネス)こそが最優先ではないか、という考えです。従業員が上からの指示やマニュアルに従わされるのではなく、みずからの内発的動機によってお客様に接することで初めて、本当の感動が生まれ、それが会社の持続的成長につながる。そう確信し、心的資本経営を掲げるに至りました。

倉橋 そのお考えは、経営の原点だと思います。一方で、テクノロジーが進化した現代において、そうした信念を貫くのは非常に大変なことだと感じます。

 私たちプレイドは、「データによって人の価値を最大化する」ことをミッションとしていますが、それはテクノロジーやデータによって人をリプレースするのではなく、価値創造の源泉である人の力をテクノロジーやデータでさらに高めていくことが、競争優位をもたらすと考えるからです。その点で、御社が掲げた心的資本経営には強い共感を覚えます。

粟田 一般的なチェーンストア理論は、規模の経済を追求し、属人性を排除することで多店舗展開を目指します。しかし、私たちは、お客様の目の前で調理して、手づくり・できたての商品を提供するといった体験価値を追求してきました。これは、チェーンストア理論とは真逆の方向性ですが、それによってブルーオーシャンに乗り出し、需要を創造することができました。

 既存の需要を取り合う同質化競争に突き進むと、価格競争が起こり、誰も得をしない不毛の争いになります。自分たちで需要を創造すれば、新たな市場を形成でき、オンリーワンのポジショニングを実現できます。私たちはそうやってこれまで成長してきたのです。