倉橋 おっしゃるように、効率性や合理化だけを突き詰めれば、結局は他社と同質化してしまいます。そう考えると、テクノロジーだけで他社との差別化を実現するのは難しいと思います。テクノロジーやデータで人の活動を支援したり、人が得意な領域に集中できるようにしたりしながら、自社独自の価値創造サイクルの中に「非効率」や「非合理」を意図的に埋め込むこと。それが、差別化のポイントになると考えます。

 その意味で、トリドールHDの取り組みは、これからの企業経営のモデルケースになる可能性を感じます。

内発的動機を駆動させる「場」の設計

倉橋 心的資本経営の実践モデルとして、「ハピカン繁盛サイクル」を提唱されています。具体的にどのようなメカニズムで、企業成長につながるのでしょうか。

粟田 ハピカン繁盛サイクルの起点は、従業員の幸福実感、「ハピネス」です。充実した気持ちで働くことができるからこそ、みずから考えて行動する内発的動機が生まれます。これを高めるために、従業員が店舗を大好きと思ってくれる、ハピネスを得られる場所にしたいと考えています。

 ハピネスを得られる場所にするためには、そこに自分のことを知ってくれている仲間がいるという「安心感」や「つながり感」が必要です。その場所でお客様や仲間から感謝されることで「貢献実感」や「誇り」が芽生えます。心の状態が満たされるほど、従業員は自発的にお客様へ感動を提供できるようになるというのが、当社のロジックです。

粟田貴也
トリドールホールディングス
代表取締役社長 兼 CEO

倉橋 従来のトップダウン型のマネジメントとは、根本的にアプローチが異なりますね。

粟田 おっしゃる通りです。本社主導になりがちだった進め方を改め、心的資本経営では、現場のボトムアップで湧き上がるエネルギーを重視します。

 先ほど触れたように、従業員のハピネスが高まることで、お客様の感動が生まれ、お客様の来店頻度やロイヤルティが向上して、それが店舗の繁盛につながる。繁盛の成果を従業員に還元することで、さらにハピネスを高めることできます。この好循環をハピカン繁盛サイクルと定義しています。そして、ハピネスが感動につながるという意味で、社内では心的資本経営を「ハピカン経営」とも呼んでいます。

倉橋 企業経営においてハピネスや感動という言葉を使うと、単なる精神論や抽象論と捉えられがちですが、御社が素晴らしいのはそれが構造化され、価値創造サイクルとして可視化されていることです。

 トリドールHDさんとプレイドが共同開発した「ハピカンダッシュボード」では、「ハピネススコア」(従業員の幸福度)、「感動スコア」(顧客の感動度合い)、「繁盛スコア」(売上げなどの業績)という3つの指標が日々わかりやすく表示されます。

 特に重要なのは、財務的な指標だけでなく、自分たちの行動がどうお客様の感動につながり、自分たちのハピネスにどう返ってくるのかという循環が可視化される点だと思います。感情やモチベーションといった見えにくい価値を、データでつなぎ可視化することで経営の駆動力に変えている。これはまったく御社独自の仕組みだといえます。

倉橋健太
プレイド
代表取締役CEO

感情を可視化し、行動を促す「ハピカンダッシュボード」

倉橋 「心」や「感動」といったアナログな要素と、デジタル技術やデータの関係を粟田さんはどのようにお考えですか。

粟田 一見すると、ハピカン経営と、AIやデータサイエンスは水と油のように思えるかもしれません。しかし実際には、デジタル技術とデータがあるからこそ、ハピカン経営は成立します。

 店舗という空間では、あくまで「人」が前面に出て、アナログな体験価値をつくり出しています。しかしその裏側で、当社は全力でDX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進し、AIも大いに活用しています。たとえば、ハピネススコアや感動スコアの測定、そして今回プレイドさんとつくったハピカンダッシュボードによる可視化は、ハピカン繁盛サイクルを支えるデータサイエンス活用の一環です。