1990年12月7日、アメリカ通商代表部のカーラ・ヒルズ代表はブリュッセルにおける記者会見の席上、4年間続いた新多角的貿易交渉、ウルグアイ・ラウンドの崩壊を告げた。その責任の所在は他の国々にあるとしたヒルズは、農業補助金撤廃を拒否した非妥協的なECに特に非難の矛先を向け、世界貿易紛争、世界的不景気といった悲惨な結果を招くことを警告し、戦争の可能性さえ指摘した。悪しき交渉ならしないほうがまし、と喧嘩腰に宣言したヒルズだったが、同時に「新しい機会」を失ったことを嘆いてもいた。

 以来、多くの国々の代表が急きょ、ジュネーブや世界の主だった首都に集まって、ウルグアイ・ラウンドの蘇生を図っている。多くの論評者はヒルズ同様、ウルグアイ・ラウンドを破壊してしまった各国の頑迷ぶりを嘆き悲しんでいる。関税貿易一般協定(GATT)の死が語られ、その結果、世界貿易体制が崩壊し、大混乱に陥るとさえほのめかされている。

 代表が大あわてで集合したり、嘆き悲しんだりしたところで無駄である。ブリュッセルの貿易交渉者が何を話し合っていようが、1979年の東京ラウンド終了以来、死に体となっているガット体制に彼らがとどめの一撃を加えた結果になっているのである。1986年に始まったウルグアイ・ラウンドは、ガット復活をかけた死に物狂いの最後の努力だったが、実際は死産に終わってしまった。

 1940年代にガットが想定していたこと及び原理は、1990年代の世界経済にはほとんどそぐわなくなってしまった。そして世界経済の場におけるアメリカの利益にもそぐわなくなってしまった。この点の認識がない限り、ブリュッセルで一応、合意されたこと、あるいはジュネーブでこれから合意される可能性のあることが、丹念につくられたガットの法的体制の腐食を食い止めることはできないだろう。

 ガットの支持者は、特に3つの問題が認識できないようだ。第1に、アメリカの世界経済における卓越性はすでに色あせてしまったということだ。ガット体制初期のころのバイタリティーを支えていたのは、アメリカの力だったのである。第2に、初期のころの関税そのものの撤廃から非関税障壁の撤廃にガットの焦点が移った際に、加盟各国がそれぞれの主権に関する難しい問題に立ち入ってしまったことである。各国ともそれぞれが抱える経済的社会的優先事項を主張するのは理解できる。だが、多くの問題に関して国際的な視野に立つことはできなかった。あるいは、立とうとしなかったのだ。

 最後に、そしてたぶんこれが最も重要なことと思うが、全ガット体制を支えてきた原理である「内国民待遇」や「最恵国待遇」は、元来、自由主義的傾向が濃厚で開放的な社会に不利にできているのである。アメリカの力が傑出していた時は、このことは表面化しなかった。しかしアメリカの相対的衰退と、ガットが徐々に広範で押しつけがましい協議事項を加えていったことで、自由主義と開放性の不利が顕在化していった。同時に、ガットの原型がもともと内包していた欠点が露呈されていった。

 アメリカの政治指導者と貿易政策立案グループは、なぜこういった事実に気づかないのか。彼らは"GATTism"(ガット主義)なるものに幻惑されてしまっているのである。ガット主義とは、細々した貿易ルールが持つ力を信じることによって国内的国際的経済問題を解決しようという、宗教的信仰と見まがうほどの信念である。それは、アメリカが自らの見解を貿易相手国に押しつける能力があると信じ込むことである。

 ガット主義者は、かつてはつつましく狭かった執行範囲(関税撤廃が中心になっていた)を、あらゆる国々を均質化するという目的のために、実り少ない遵法主義的聖戦に変えてしまった。時に、まるで相違点なる表現はない、とでも言いたげにふるまっている。その結果が、国際的経済競争という、近年統制がきかなくなった分野に対する執行不能の一連のルールの適用である。そして、これ自体が、アメリカの貿易政策に対して教訓的なトーンを与えている。つまり多くの貿易論争を不必要に焚きつけ、皮肉なことに、より自由な世界貿易という大義が後退し続ける原因になっているのである。

 ガット主義者の言う万能薬、つまり世界貿易の新しいルールは、アメリカ経済、特に製造業に対して脅威になりつつある。結果よりもプロセスに重点を置き、アメリカの経済慣行を世界の標準にしてしまおうともくろんだ結果、アメリカの貿易交渉者は、アメリカの工業的技術的リーダーシップをかなり零落させてしまった。

 ウルグアイ・ラウンドの失敗の結果、今の正統ぶった考え方の見直しが迫られ、そしてアメリカが自国の経済貿易政策を改めて系統化するなら、災い転じて福となす、ということになるかもしれない。ガット主義者のドクトリンは、アメリカの経済力をいかにして復活させるかという、起こってしかるべき論議を、あまりに長い間禁じてきたのである。