過去1世紀以上にわたり、企業は安価な労働力を求めて生産拠点を移動させてきた。かつては、最も固定的だと考えられていた生産要素たる人的資源が、今や、自動車、コンピュータチップ、社債などと同じように容易に国境を越え移動するようになった。つまり、経営者は、生産物、技術および資本の国際市場と同じように、労働力の国際市場について考えなければならなくなったのである。

 国から国への人の移動は新しいものではない。20世紀以前にも、アイルランドの石工がアメリカの運河の建設を助け、中国人労働者が北アメリカの大陸横断鉄道を造り上げた。1970年代、80年代にはインド人エンジニアがシリコンバレーでコンピュータのソフトウエアを作り、トルコ人がベルリンでホテルの客室清掃をし、アルジェリア人がフランスで車を組み立てる姿を見つけるのも珍しくなくなった。

 1990年代には、世界の労働力はさらに流動的になり、経営者は必要とする技術労働力を求めて国外に目を向けるだろう。この労働者の流れは、今日高まりつつある世界労働力の需要と供給とのギャップにより一層大きくなっていく。熟練労働者および未熟練労働者の供給の多くは開発途上国で生まれながら、十分な賃金が支払われる労働力の需要は先進工業国の都市部で生み出される。こうしたミスマッチは1990年代に次のような重要な示唆を与えている。

1. この労働力の需要と供給のミスマッチは、移民、臨時労働者、引退者、そして旅行者などの多くの人の移動を引き起こすことになる。こうした移動の最も大きなものは、高等教育を受けた若い労働者の先進国都市部への集中として現われる。

2. また、外国人労働者に頼る傾向や、その獲得競争が激化するにつれて先進工業国の中には、自国の移民排除政策を考え直さなければならない国も出てくるだろう。

3. さらに、このミスマッチは余剰の人的資源を持つ国々のプラスになるだろう。特に、十分な教育がなされているが経済的にはまだ開発途上にある国々、例えば、フィリピン、エジプト、キューバ、ポーランド、ハンガリーなどではこの余剰人的資源が大きな助けとなるだろう。

4. 労働力が不足しているが移民流入の少ない日本などの国々では、劇的に労働生産性を向上させ、経済成長率の低下を防止するであろう。

5. また、先進工業国間における労働条件の均一化が進められるであろう。今世紀末までには、年間5週間という欧州の標準的休暇日数が、アメリカでも当然となり、また週40時間労働制も日本で実施されているだろう。職場の安全や労働者の権利に関する国際基準も成立してくるだろう。

 今後10年間においては、いくつかの要因が国境を越えての労働者の移動を活発にするだろう。まず第1に、ジェット機のインパクトがますます強くなってくるだろう。なぜなら、1960年から1988年の間に、海外旅行のコストは約60%下がり、ビジネスのためアメリカに入国した外国人は同じ時期に28倍となった。しかし、自動車が郊外定住型社会を作り上げるのに何十年も要したように、飛行機が新しい労働市場を形作るのにはさらに何年もかかるものと思われる。第2に、政府が入国や移住に対して現在行っている規制が崩れていくだろう。1980年代の末までに東ヨーロッパ諸国では、国民が自国を出ていく権利を規制する法律が撤廃された。時を同じくして、西ヨーロッパのほぼすべての国々が、ECの中で人々が自由に移動できるように従来の制限をすべて廃止することを論議し始めていた。また、アメリカ、カナダ、そして日本までもが移民政策の自由化に関する議論を始めた。第3に、これらのすべての規制が消えかかるときに来ている。というのは、高齢化が進み、経済成長が低下しつつある先進工業国の経営者が強く技術労働者を求めている一方で、途上国では自国企業が雇用できる数よりはるかに多くの労働者が技術教育を受けているからである。

 これらの様々な要因によって1990年代には、さらに多くの労働者が職を求めて国境を越えるのが必然的なものになるだろう。労働者たちがどこからどこへ動くかは、国家や企業の将来に多大な影響を与えていく。これらの人々の移動を正確に予測することは不可能だとしても、現段階で形成されつつあるパターンが、将来何が起こるのかという我々の問いに大きな手掛かりを与えている。