企業内研究所から生み出される将来の最も重要な発明は、企業そのものとなるだろう。企業が急速な技術変化に追随し、ますます不安定となる事業環境に対応する過程で、研究部門は単に新製品を革新する以上のことを迫られる。つまり新技術の設計と同時に、革新性を絶えず維持する企業を実現するための、組織そのものの"基本構造"(アーキテクチャー)を設計しなければならない。言い換えれば、企業内研究はイノベーションを再発明すべきものなのである。

 ゼロックス社のパロアルト研究センター(Xerox Palo Alto Research Center――PARC)において、我々はこの教訓を繰り返し、それも極めて厳しい形で学んだ。1970年にゼロックスは、コンピュータ科学、エレクトロニクス、及び材料科学の先端研究を推進する目的でPARCを創設した。その後10年間にPARCの研究者たちはパソコン革命の基本的なイノベーションをいくつか実現したが、結果的には他の企業がゼロックスよりも迅速に、このイノベーションの商業化を進めてしまった(囲み「PARC:コンピュータ革命の苗床」参照)。この過程でゼロックスは"未来を模索"しており、PARCは輝かしい研究に携わっているものの、会社の事業からは隔絶されている、との評判を受けていた。

PARC:コンピュータ革命の苗床

ロバート・ハワード

 ゼロックス社の前CEO、C. ピーター・マックローは1970年、データ処理とエレクトロニクスの基礎研究を推進し、マックローのいう"情報のアーキテクチャー"、つまり組織の情報利用形態の複雑さを研究するために、パロアルト研究センター(PARC)を創設した。PARCは何人かの世界的レベルのコンピュータ科学者を採用し、彼らのアイディア追求に事実上無制限の資金を与えた。

 これら科学者たちのPARCでの成果は直ちに表れた。1970年代を通じてPARCの研究者たちはコンピュータ技術に関して、後にパソコン革命を構築する材料となる一連の基礎的イノベーションを生み出した。例えば操作の容易なグラフィック・インタフェースを可能とする"ビット・マップ"コンピュータ・ディスプレー・スクリーン、計算を分散処理するローカル・エリア・ネットワーク、多重スクリーン・ウィンドー、"マウス"を用いたポイント・アンド・クリック編集方式、あるいは最初の目的指向型プログラミング言語であるスモールトークなどである。

 ゼロックスはパソコン産業界では主役を演じたことはない。しかしそれでもPARCの研究は会社の戦略的事業に直接的な貢献を行っている。PARCは1973年にレーザー・プリンタの最初のプロトタイプを開発した。1990年までにレーザー・プリンタはゼロックスにとって数十億ドルの事業となっている。またPARCのローカル・エリア・ネットワークに関するイノベーションと、その特色あるコンピュータ・インタフェース設計は、ゼロックスの複写機とプリンタに効果的に組み込まれるとともに、このイノベーションは1980年代に会社が日本の競合企業から受けた挑戦に対処する上で決定的な役割を果たした。

 1970年代にはPARCの科学者は技術に関するビジョンを持っていたが、今日ではセンターの焦点はますます技術と業務の相互関係に置かれるようになっている。1990年には、人類学者、社会学者、言語学者、あるいは心理学者が、PARCの従来からのコンピュータ科学、物理学、工学などの研究スタッフを補完するようになっている。そしてセンターのコンピュータ科学研究の多くは、集団共同活動の支援のために情報技術をいかに活用するかという分野に重点を置いている。これがコンピュータ支援共同活動として知られる分野である。

 こうした見方は、PARCのイノベーションが過去20年にわたって現実に利益に結びついていることを無視しており、その意味では一面的である。とはいえこのことは、ゼロックスのみならず他の多くの企業が近年悩まされてきたいくつかの基本的な疑問を提起している。すなわち、苛酷な競争と留まるところを知らない技術変化を特徴とする企業環境の中で、企業内研究の役割とはいったい何か。また大企業は、最近のイノベーションを適切に吸収し、これを迅速に新製品に結実させるために何をなすべきか。

 こうした問題に対する一般的な解答の1つは、研究部門の重点を画期的なブレークスルーから漸進的なイノベーションに転換し、基礎研究を離れて応用研究に移行することである。だがPARCでは、我々はこれとは異なるアプローチをとり、この2つの区分にこだわらず、それぞれの最も有益な属性を結合する方法を取ってきた。我々はこれを"開拓的研究"と呼んでいる。

 開拓的研究は、企業の最も緊急の事業課題と密接に結び付いているという点では、最善の応用研究に近い。同時にこれらの課題を根底から再定義し、これによって新鮮な、時としては画期的な解決を導き出すという意味では、最善の基礎研究に似ている。開拓的研究を重視することによって、我々は必然的に、技術、イノベーション、さらには研究そのものの捉え方を再定義せざるを得なくなった(囲み「少壮の研究者諸君に向けて」参照)。以下は我々が特定した新しい原理の一部である。

 1「新しい作業方式に関する研究は、新製品の研究に匹敵するほど重要である」

 新技術と新製品の源泉としての役割を担うのが、伝統的に企業内研究のあり方だと見なされてきた。PARCにおいて我々は、組織動態の新しいプロトタイプを作り出すことも研究にとって同程度に重要だと考えている。このことは技術を人工物、すなわちハードウェアとソフトウェアとして捉える典型的な見方を超えて、新しい、より効率的な業務の方法を創造するために、技術の持つ潜在力を開拓することを意味し、我々はこれを"現場技術"の研究と呼んでいる。こうした活動は、情報技術の次の重要なブレークスルー、つまり情報技術を広範な日常的目的に統合する"遍在的データ処理機能"(ubiquitous computing)の開拓を成功させる上で、企業にとっては不可欠のものといえる。

 2「イノベーションはあらゆる所に存在する。問題はそこから学ぶことにある」

 企業内研究が製品だけに留まらず、企業の業務にも焦点を当てるようになると、必然的にもう1つの原理が明らかになってくる。それはイノベーションが必ずしも研究部門だけの特権的活動ではないということである。このことは従業員が問題に直面し、予想外の偶発的事態に対処し、正規の手順から外れた問題を扱うなど、企業のあらゆるレベルに関係してくる。問題は、この現場のイノベーションからいかに学び、それを会社全体としての効率改善にどう用いるかを知っている企業がいかに少ないかということである。PARCにおいて我々は、ゼロックスの事業の最前線の従業員と共にこの現場イノベーションのプロセスを研究し、そこで得た教訓を会社全体として収穫する技術を開発している。これによって我々は、往々にしてイノベーションの障害と見なされる企業規模の大きさを、技術と新たな業務形態に新鮮な洞察をもたらす豊かな苗床という長所に転換させたいと考えている。

 3「研究部門だけではイノベーションを生み出すことはできない。むしろ"共同制作"すべきである」

 企業はイノベーションの核心を学ぶに先立って、イノベーションが組織全体を通じて伝播されるプロセスを改めて考え直す必要がある。研究部門は組織全体のパートナーとの間で、これらのイノベーションがなぜ重要なのかについて共通の理解を醸成することにより、新しい技術と作業方式を"共同制作"しなければならない。このことは一方では、新技術や新しい市場機会、あるいは企業自体に対する見方を歪めている時代遅れの背景的前提に挑戦することを意味する。そして他方では、このことは根源的イノベーションの重要性について相互理解を深める新たな方法の創造を要請している。本質的には、企業内研究は組織とその事業について、新しい知的モデルのプロトタイプを作るべきなのである。

 4「研究部門にとって最高のイノベーション・パートナーは顧客である」

 現場技術のプロトタイプを制作し、現場イノベーションを収穫し、組織の新しい知的モデルを共同制作するなど、我々がゼロックス社内で追求してきたこうした活動は、同様に顧客にもそのまま当てはまる。事実、我々の将来の競争優位は、情報技術製品を顧客に売ることだけに掛かっているのではない。むしろこれらの製品を顧客と共同制作することが重要であり、顧客の現在及び将来のニーズに合わせて技術と作業方式を専用化することが必要であろう。こうした活動の中で企業内研究が果たす役割の1つは、顧客の"無意識の"ニーズを掘り起こし、顧客自身がイノベーションを継続的に行う能力を向上させる上で役立つ手法やツールを考案することにある。

 我々はPARCで、こうした新しい原理の持つ意味を開拓する活動の緒についたばかりである。これら各領域での我々の活動は、まだ興味深い実験の域を出ていない。とはいえ、我々は有望かつ刺激的な方向を見出している。我々は最新の情報技術への集中的な取り組みを決して怠っているわけではないが、同時にイノベーションを制約する人間や組織の側面に関する研究も進めている。そしてゼロックスの全組織を研究室として利用することにより、新しい技術や作業方式が内包する革命的な潜在力を理解するための新しい技法を実験している。