-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
ビジネススクールを卒業してからの10年間、私は3つの企業で売り上げを増やし、コストを削減し、利益を増大させるのに大きな役割を果たしてきた。額面通りの評価を得られるなら、私の履歴書はまさに目覚ましい成功の歴史といえる。
□1980年から1983年までの期間、アスペン・スキーイング・カンパニーのマーケティング担当重役を務めた。私は、それまでの数年間減少し続けていた延べスキー日数を増加させることに首尾よく成功した。また、地域福祉に資金を集めるためにアスペン財団を設立するとともに、スキーレースと冬の祭りを組み合わせた行事、アスペン・ウィンターナショナルの発起を助けた。アスペン・ウィンターナショナルのおかげで、コロラド州アスペンは世界を転戦するワールドカップの開催地の1つに選ばれ、毎年3月には世界中にテレビ放映されている。
□1983年から1987年までの間、ニューハンプシャー州の小規模なブーツ会社であるティンバーランド社のマーケティング総責任者を務めた。私は高品質のブーツと靴を高価格で販売するという戦略を推進し、それとは反対の見解、すなわち比較的安価の履物を陸海軍購買組合百貨店及びディスカウント販売店で売るべし、という主に販売部の主張する見解と闘い、勝利した。また社内の反対派との苦闘に打ち勝って、アイディタロッド犬ぞりレースの後援をさせ、ティンバーランド社にアラスカの開拓者の頑丈さと耐久力というイメージを与えるのに成功した。全体として、私のマーケティング戦略は、同社の年間売上高を3700万ドルから1億1000万ドルへと増加させたのである。
□1987年から昨年の初めまでの期間、メーン州の靴製造業者であるG.H. バース・アンド・カンパニーの最高経営責任者(CEO)を務めた。私は販売不振、工場閉鎖、巨額の損失、モラールの低下に悩む同社の経営を引き受け、またもや高品質、顧客志向、高級品市場への集中戦略によって、たちまちのうちに同社の劇的な再建を成し遂げた。
□現在、私はジョー E.キース・カンパニーのCEOでありオーナーである。同社の創業は1758年にさかのぼり、アメリカ最古であるばかりでなく、たぶん、最も小規模な靴製造会社でもある。バース社と同様キース社も、今世紀初頭の本格的な繁栄の後、長期にわたって苦況に陥ってきた。私がこの会社を所有したのは1990年3月からにすぎないが、既に、同社を高級品市場のトップメーカーに返り咲かせるための計画を、実行し始めた。
しかし実をいうと、この高品質志向、革新的なマーケティング、記録的利益を特色とする一連の成功の裏面史として、私は全然別の自分史をまとめることもできるし、事実プライベートにはよくそんなものを書いている。
例えば、コロラド州アスペンでは多数の住民たちが私のマーケティング戦略に反対し、アスペン・スキーイング社を嫌い、私に対して懐疑的であった。アスペンはとても喧嘩好きな土地柄であるが、うまく対処すればアスペン・スキーイング社は地域的連帯を生み出す役割を果たせたはずだった。アスペン財団の設立は、その輝かしい第一歩だった。この財団は今日、年間200万ドルに近い額を地域の非営利団体に提供している。しかしすぐれた発案をいくつかしたものの、私が最もうまくやりとげたことといえば、自分自身を自社及び地域コミュニティーの人々から遠ざけることでしかなかった。
ティンバーランド社の場合、私が販売部との争いと呼んだものは、実際には戦争と呼んでもいいような凄まじいものだった。この会社を所有していた兄弟は互いに不和で(1人などは経営会議を、騒乱の続くベイルートでの1日になぞらえていた)、私はこの争いの渦中に断固たる決意で臨み、そのために結局解雇された。
バース社の経営に首を突っ込むときまでには、私は対決的な革新が、経営の最良はおろか、良い方法でさえないことを学んでいた。対決的革新で私は相当な成果をあげていたのに、私の以前の雇主たちは、私のすばらしい業績に言及する前にまず私を"論争好きの"という言い方で呼んだ。私は新しい仕事に、より一層細やかな上にも協調的な心がけで取り組んだ。しかし、会社を再建したにもかかわらず、バース社の場合もまた、私にとっては成功というよりも失敗だったという、1つの漠然とした思いが残っている。私は企業の価値観と競争能力を把握し、それらを再建に活用することには成功したものの、もっと重大な点――価値観と競争能力との間の調和という点――にはやっと気づきはじめたばかりだった。この調和の精神によって、組織の価値観と競争能力を、単に製品や給与の額以上の意義深いものにできるのだ。
過去10年間の3つの仕事を通じて、私は健全な組織とは、その性格や能力、態度がその活動と調和している首尾一貫したコミュニティーであることを学んだ。その一方、不健全な組織はこの調和を欠くか、バース社の事例に見るように、調和を求めつつも抗しがたい反対にあっているかである。この反対は、市場などから起きることもあるが、たいていは経営者から起きる。調和を説き、会社の表に出ていないか抑圧されている願望の表明を認めるのに、CEOの貢献にまさる強力なものはない。



