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西側のマネジャー(経営管理者)は、ソ連のマネジメント(経営管理)について、いくつかの実証的裏づけのない仮定を抱いている。最もよく見られるのは、
1. ソ連人は、マネジメントについてほとんど知らない。そのシステムは失敗しており、それも広範囲にわたって失敗してしまっている。西側の優れた経営手法を適用しようと試みてはいるが、ほとんど成功していない。
2. 西側とソ連のマネジメント・システムは実践面ではともに相入れないものである。
3. "ペレストロイガ"の2つの目的である集中化と民主化をともに強化することは相互に矛盾するものであり、従って、それは達成不可能である。
こうした思い込みは、せいぜいよくても半面の真理でしかなく、最悪の場合には、協力に際して現実的な障害ともなる。西側とソ連の合弁企業は、すでにあまりにもたくさんのハードルにぶつかっているので、上記のような無知と誤解をたたきつぶすようにしなければならない。官僚的な繁文縟礼、物資不足、それに通貨面での障壁は合弁事業の成功にとって、かなりの避けえない障害物とはなるが、しかしお互いの経営技術に関する相互の歪んだ見解は除去しうる。これを換言するならば、洞察と理解によって、ソ連の広大な資源と市場に西側がアクセスする方法を大幅に改善することができるのである。
米ソ間に敵対的な歴史があり、両国に文化差が存在し、そしてお互いの制度を間近に見る機会が、今世紀中ほとんどなかったという条件下においては、誤解が存在するのも無理からぬところで、さして驚くには当たらない。しかし合弁企業は西側の技術的なノウハウをたいしたゴタゴタも摩擦もなく輸入して応用しうるが、経営上のノウハウとなると全く別物である。成功するには、合弁企業は西側とソ連のマネジメント・システムのアマルガムとでもいうべきものを両者の本質的な特質を適応し調整することによってつくり出さなければならない。
1987年遅く、ソ連の対外経済関係研究所と提携関係を結び、両国での経営行動の研究をすることになった。アメリカ合衆国とソ連の中からともに比較しうるような企業を選び出し、それぞれの意思決定の仕方を検討した。決定を下した瞬間だけでなくて、決定前の活動や決定後のフォローアップ行動(あるいはその欠落)についても入手しうるデータをもとに研究した。主要人物に面接して過去の出来事を再構成することもした。一連の意思決定活動が始まったところはどこか、1つの役割から別の役割へ、1つの集団から別の集団へ、1つのレベルから別のレベルへと行動がいかに循環し再循環するのか、だれが鍵となる選択をしたのか、だれがその選択に影響を与えたのか、そして、支配的な論議とはどんなものであったかなどを調べた。この研究の過程を通じて、計画、財務、調達、製造、マーケティング、人的資源管理といった中心的な機能を調べることもできた。
"グラスノスチ"精神のおかげで、我々にその業務内容を開示してくれたソ連企業は、まことに率直そのものであった。我々調査担当者は様々なタイプの経営会議に出席し、公式文書を閲覧でき、工場現場の人々からソ連中央省庁の人々、さらにその間のあらゆるところの人々にインタビューした。当局側も、すべての面接を録音し、また170時間にも及ぶ会合と面接をビデオにとることも許可してくれた。米ソの調査チーム全員は両国の各現地を訪れ、モスクワとボストンで密度のこい分析と執筆のための会合を開いた。ソ連側は米国側が当たり前のこととしている米国の制度のいろいろな側面、例えば、非公式で形式ばらぬことなどに感心したり、ソ連側の誤解についても忌憚なく意見を述べてくれた。
例えば、アメリカの会社は意外にも従業員指向であることがわかったことなどがその例である。(従業員に対して)容赦がなく苛酷だと予想していたのに、たいていの会社がそこで働く人々に対して面倒を見たり配慮を示すことや、解雇に際しては一般に要求されている精緻な準拠すべき手続きを踏んでいることなどには驚いていた。さらに継続的に新製品開発作業が行われていることを知って驚いていた。ソ連では、古いモデルが何年もつくられてからでないとマネジャーが新しい型のものを考え始めることは普通はありえない。
西側の人々がソ連の制度を理解しがたくしていることの核心には、ソ連の経営構造をめぐる2つのなじみが薄くて誤解を招くような特質が存在する。それは構造上の課業(タスク)処理と、中央統制と民主的意思決定の結合という、どう見ても不可能と思われることの2つである。



