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シティコープの会長兼CEOのジョン S. リードは、挑戦のためなら組織の内外で波風を立てることを決して躊躇しない。リードはアメリカ最強といわれるシティコープで25年間の勤務経験を持つが、その間に彼は主要現業グループの急進的な変革を推進し、全くのゼロから新しい事業を興して大いに儲けた。また、第三世界の累積債務問題という重要かつやっかいな仕事でも、極めて明確な役割を果たした。彼が初めて頭角を現したのは、1970年代初めにシティコープの職能部門の大改造を行ったときだった。その後、彼は同銀行内に個人金融部門を構築したが、この部門はクレジットカード業務、個人金融業務、家庭向き担保融資業務を中心とする一大世界網に発展し、1990年には10億ドル以上を稼ぎ出すまでに成長している。
1984年9月1日に会長に昇格したリードは現在51歳だが、彼は世界で最初の、本当の意味で世界的規模の金融機関をつくり上げるという非常に明瞭な野心を抱いている。同時に彼は、その目的を持って経営をする際に生じるであろう緊張と挑戦についてもはっきりと意識している。
確かにシティコープは、そういった世界的規模となる可能性を秘めた銀行としては、恐らくアメリカでは唯一だろう。シティコープは2300億ドルを超える資産を持つアメリカ最大の銀行であり、世界ランキングでも第9位の座にある。10位以内に入っているのはアメリカでは同行だけであり、資産の点ではアメリカ第2位のチェース・マンハッタン銀行も、世界ランキングではやっと第32位に顔を出しているにすぎない。
シティコープは確かに規模こそ大きいが、その財務面にはいろいろな制約的要因が見られる。例えば、第三世界の累積債務に対して40億ドルもの貸倒準備金を積んでいるために貸借対照表のバランスが不安定なものとなり、アメリカやヨーロッパで健全かつ大規模な経営を行っている他の金融機関を買収する能力に限界が出てきている。実際、一般的に容認されている財務比率のほとんどあらゆる点で、シティコープは海外のより大規模な競争相手ばかりか、もっと小規模な国内金融機関の多くよりも劣っているのである。
リードは財務面だけでなく人的資源や組織についても試練に立たされている。シティコープの現業部門の多くは世界中に展開している。特に個人金融部門は世界中に網の目のように支店を配置しているが、これは世界企業としての1つの最良のモデルとして評価されるだろう。この部門は3500万枚のクレジットカード類を世界中で発行しており、ヨーロッパで700以上の支店を運営している。シティコープは発展途上国で企業相手の銀行業務、金融業務を行っているが、上手にそれぞれの位置づけを行っており非常に儲かっている。「金融機関グループ」は他の金融機関を相手に世界中で取引しているがこれもうまくいっているし、「世界企業グループ」も同様に多国籍企業を対象として利益を上げている。
他方、日・欧・北米という相互に連結された金融マーケットを対象として、非常に高度な金融技術を駆使して貸し付け業務や金融取引を行うJENA法人部門(Japan, Europe, North, Americaの地域の頭文字をとりJENAと称する)は、多くの問題を抱えている。この部門はいわゆる生みの苦しみを味わっただけでなく、戦略面でのミスによって後退を余儀なくされたこともあった。ロンドンで大手の株式仲買業者になろうとして失敗したのはその一例であるし、他の貸手と並んでレバレッジド・バイアウト(LBO=買収先の資産を担保にした借入金による買収)の分野でいくつかはなばなしい取引をしたが、結果は裏目に出て苦い経験を味わった。またアメリカ国内の不動産取引の分野での結果もはかばかしくない。
このインタビューでリードは、こういった緊張に満ちたシティコープの状況を彼自身どう評価しているかを語っている。彼はまた世界中を相手にする銀行業務に革命的な構造変化をもたらすような一連の魅力的な戦略的選択肢を描いてみせている。彼はシティコープの個人金融部門を経営して得た教訓についても詳しく語っている。また法人金融部門の隅から隅までの大改造を約束しつつ、その変革の過程における彼自身の果たすべき役割についても触れている。このインタビューは、ノエル・ティシーとラム・チャランがシティコープのニューヨーク本部において行ったものである。ティシーは、ミシガン大学経営大学院の教授であり「世界リーダーシップ計画」の責任者でもある。ダラス在住のチャランは、コンサルタントとしてアメリカ、ヨーロッパ、アジアの各地の企業に対して彼らの世界戦略樹立に関する助言を行っている。
HBR(以下略、ゴシック部分がHBR):シティコープは個人金融部門、法人金融部門の双方において世界のリーダーとなる可能性を持つ唯一のアメリカ金融機関であるといわれていますが、あなた自身は自分の銀行の地位や競争力についてどのような評価を下していますか。
ジョン・リード(以下略):銀行業における世界レベルでの競争というのは戦術的なものではなく、優れて戦略的なものです。世界という場で競争しているトップ30に入るプレーヤーたちがやろうとしていることは、自分たちが生きていく領域をいかに確保するかということです。すなわち時間をかけて賢く自分の陣取りを行うことが目的であり、特定の金融商品について競争相手を場外に放り出すことではないのです。私は中国伝来の「碁」を打つのとやや似た感覚でこの競争に対応しています。相手が石を置いたら、どうしてそこに置いたかを推測して、次に自分の石をどこに打つかを決めるといった具合です。
ウォルト・リストンが1970年に当行の会長になったとき、シティコープはチェース・マンハッタンとバンク・オブ・アメリカに次ぎアメリカ国内第3位でした。それが私が1984年にリストンからバトンタッチを受けたときには第1位の座にありましたが、こうなったのは特に何か1つの理由とか原因によるものではありませんでした。リストンは競争相手よりも上手に世界金融マーケットでの陣取りに成功していったということです。我々は個人金融分野に進出しようという固い決意を抱いて競争にのぞんだのですが、これは他行とは全く異なる劇的なプレーを演じることになりました。同業者たちは我々が過ちを犯したと決めてかかりました。失敗するに違いないビジネスの分野に我々が突入し、そこでエネルギーをいたずらに浪費していると思ったので、彼らはその分野で我々と競争しようとはしませんでした。しかし、彼らこそ間違っていたことが結果としてわかったのです。



