欧米の情報テクノロジー企業は、苦しい選択を迫られている。日本のライバル会社と協力するのか、それともその軍門に下るのか。日本勢と手を結ばなければ、生きる道はないのか。

 最先端テクノロジーの開発では、アメリカは依然として世界のトップに立っている。しかし、従来の経営方法を続けていけば、やがて倒産するか、あるいは日本企業の設計分野、マーケティング分野の海外子会社の地位に転落するであろう。ヨーロッパの企業についても同様だ。そうなれば日本企業は、全世界の1兆ドルのハードウエア産業を制覇することとなろう。その危険にさらされているのは、アメリカのコンピュータ、事務機器、映像などの産業の大部分である。例えば、アップル、コンパック、コナー・ペリフェラルズ、サン・マイクロシステムズなどの新進企業から、DEC、ゼロックス、ヒューレット・パッカード、コダックなどの名門大会社などで、このほか、オリベッティ、SGS-トムソン、フィリップス、シーメンスなどの大手ヨーロッパ企業や、三星、現代など韓国の新興企業も含まれる。

 今日の状況を見ると、このような危機はまだ現れていない。世界市場でのアメリカのコンピュータシステム産業のシェアは、現在約60%で、1980年の70%と比べて10%ほど減ったにすぎない。一方、日本のシェアは20%とはるかに低い水準にある。

 しかし、市場シェアは最終製品の売上げ高をもとに測定される。そこでその内容を分析すると、欧米のコンピュータ企業が、その総売上高の中から、日本の垂直統合化されたコンポーネント(構成部品)やハードのサプライヤーに支払う金額は、増大しつつあることがわかる。しかも、これらのサプライヤーは、やがて欧米企業の強力なライバルとなるものと予想される。すると、今後5年以内に日本勢は、全世界のパーソナルシステム市場でのハードウエア分野の50%以上を支配することが十分考えられる。アメリカは1989年に、初めてコンピュータの純輸入国となり、小幅の貿易収支の赤字を計上した。この分野の輸入は、アメリカの国内市場の30%を占めている。コンピュータの貿易収支については、10年前には小幅の黒字だったのが、1988年には60億ドルの赤字となり、その後も赤字幅は増えつつある。

 なぜこのような事態が起きるのか。それは、情報システム産業のテクノロジーが進展するにつれて、産業自体の安定性は逆に失われる、というコースをたどるからだ。具体的に述べると、デジタル・テクノロジーは驚異的スピードで進展し、低コストの量産コンポーネントを用いて設計され、組み立てられた。低価格の標準化されたパーソナルシステムの新時代が到来した。そこで、優れた処理技術や柔軟性のある大量生産アセンブリーを持ち、資本集約的なコンポーネントの生産ができる企業が、ハードウエアのバリューチェーンをリードすることになろう。

 今日ではすべてがデジタル化され、カメラ、コンピュータ、ステレオ、複写機、タイプライターなど、かつては単独の分野だった産業が、共通のデジタル・コンポーネントや標準インターフェースに基づく、巨大な情報テクノロジー分野に統合化されるに至った。それに伴って、各種のハードウエア間の競争は、コンピュータ分野の競争と同様に、新たな論理によって展開される傾向が強まった。要するに、製品市場の商品化が進展し、優れたコンポーネント・テクノロジー、生産システム、戦略的テコ作用などを完備した企業が、ますます優位に立つという事態となった。そのトップを占めるのは、資本を長期的に活用でき、コンポーネントや機械設備の開発会社と緊密な関係を保ちつつ、研究開発や資本投資に多額の費用を連続的に投入できる企業である。

 このことはとりもなおさず、日本の一流企業、例えばキヤノン、松下電器、日本電気、ソニーなどの戦略・技術力を強化する要因となっている。これらの企業は実際には多角化、統合化された複合企業体で、その多くは"系列"と呼ばれる金融・製造業グループに所属している。系列会社はテクノロジーや生産に長期投資を行い、コンポーネントから資本設備、最終製品までのサプライチェーンを支配する。直ちに、各系列会社の戦略的アプローチをコーディネートして、外国のライバル会社の進出を阻止し、世界市場への浸透を図る(囲み「日本の系列概要」参照)。

日本の系列概要

 日本の系列は大別すると、銀行系列とサプライ系列の2つの型がある。銀行系列は1つの銀行を中心として、20社~45社の大企業がその周囲を取り巻く巨大な産業複合体である。系列は企業間のリスク分担や、戦略的産業への投資配分のメカニズムなどの点でも役立っている。サプライ系列は大手メーカーの下に、各種のサプライヤーチェーンが統合化されている企業グループである。

 日本には大手銀行を中心とする銀行系列として、住友、三菱、三井、第一勧業銀行、芙蓉(富士銀行)及び三和の6グループがある。最初の3グループ(住友、三菱、三井)は、戦前の財閥の直系である。これらの財閥は、第二次大戦後に占領軍によって、軍部の片棒を担いだという理由で解体された。加えて、一国の経済活動の25%近くが、少数グループに集中していては、民主資本主義の達成は不可能だというのがもう1つの理由だった。しかし、1950年代半ばに旧財閥系の会社は、銀行を中心に再び集合化に向かった。

 一方、政府は主として2つの理由で、メーカーグループ(サプライヤーグループ)の再構築を積極的に推進した。第1の理由は、株式の持ち合いや緊密なバイヤーとサプライヤーの関係は、外国の輸入や投資を閉め出すのに役立つというのだった。当然の方向として、当時日本は正式な市場開放を迫られていた。第2の理由は、日本経済の長期安定に欠かせない産業分野に、乏しい資源を集中することだった。要するに、強力な銀行をバックに持ち、リスクが分散されているグループは、戦略的産業に育成できると考えたのだ。

 政府の産業振興策は先見の明があった。今日では系列は日本の産業界を担う一流企業からなっている。6つのサプライグループの中枢企業は182社、数の上ではその割合は、東京証券取引所上場企業の10%にすぎないが、日本の最大企業100社の半数以上が、これらのグループに所属している。つまり、大手都市銀行、信託銀行、保険会社、及びコンピュータ、電気通信、半導体などの分野のメーカーはすべて、いずれかのグループに所属している。1980年代後半には、6つの系列が日本の産業界全体に占める割合は、純益約18%、売上高17%弱、資本金総額14%強、従業員数5%弱に上る。

 銀行とグループ企業とは、密接な関係にあって、銀行がグループ企業の約5%~10%の株式を所有するケースがしばしばある。多くの日本企業の資金力が豊かになっている今日では、主取引銀行の金融機能は、以前ほど重要ではなくなっているものの、多くのリスクを伴う新事業に、資金調達を行ったり、経営難に陥った系列会社を救済するなど、重要な役割を果たしている。

 系列の特色の1つは、取締役の兼任やグループ内の主要企業のトップからなる社長会の存在である。このほか、グループのメンバーは一般に、少数株式(通常2%~5%)を持ち合い、第三者に売却しないという合意がある。全部を合わせると、この種の株式は、メンバー会社の発行株式の約15%~30%に上る。他の大手企業との"安定株主"契約を合わせると、系列会社の株式の約60%~80%は、市場で売買されることはない。従って経営者は乗っ取りを心配せずに、長期の課題に集中できる。

 大阪大学の中谷巌経済学教授の調査によると、系列企業の利益は、非系列企業に比べて少ないが、全般的に成長率、利益率ともに安定している。従って、半導体やバイオテクノロジーなどの先端技術分野への投資を積極的に推進でき、外国の製品や投資を閉め出すのに役立っている。系列企業は相互に取引を行ったり、研究開発プロジェクトを共同で進めることが多い。

 さらに、同一グループのメンバー間には、強力なバイヤー・サプライヤー関係が見られる。1987年に三井グループ間の取引高は、グループ全体の取引高の17.2%、住友グループは14.3%、6系列の平均は12.7%であった。1960年代後半には、大手企業グループ内の会社が使用していたコンピュータの約半数は、系列内のコンピュータ会社製であった。当時、日本製のコンピュータは、外国製に比して著しく劣っていた。

 この種の支援によって、グループ内のコンピュータ会社は、規模の経済性を達成し、テクノロジーの向上を図ることができた。今日でもこの慣行は続いている。例えば、住友系企業が使用しているコンピュータの大部分は、日本電気製である。

 一方、系列は日本の産業界の多くの分野から、外国企業を閉め出そうとする傾向がある。例えば、外国企業が日本市場に参入する手段として、日本の会社を買収しようと試みると、扉を閉ざしてしまう。しかし日本国内では、次のような理由で市場競争の激化を招く。化学、エレクトロニクス、建設、貿易、鉱業その他の主要業種について、1業種につき1社を系列内に持つといういわゆる"ワンセット主義"を貫こうとする傾向が強い。このような方法で、大部分の主要業種、特に政府が戦略的産業と見なす業種には、各系列の強力な支援の下に、5社か6社のライバル企業が、お互いに競争し合うこととなる。

 一方、日本あるいは外国企業が導入した新製品が成功すると、他の系列所属の4社か5社が、その市場に参入する。このような過当競争によって、民間分野の資本投資がやがて過剰となる。そこで、政府が介入して、カルテルなどの形で投資、生産、価格などを管理するような事態に発展することがしばしばある。

 サプライ系列は一般的に、主要企業グループから分かれたもので、大手メーカーをトップに、いくつかの層からなる下請け会社で構成される。サプライ系列の取締役は、他の系列会社と兼務していることが多い。大手メーカーは通常、下請け会社の株式の一部を所有し、財務、テクノロジーに関する支援を行う。例えば、下請け会社への最先端装置の移転や、次世代製品の生産に必要な研究を行うなどが含まれる。

 銀行系列のメンバーは一般に同等の立場だが、サプライ系列では、ヒエラルキー的力の関係が見られる。サプライ系列をリードするメーカーは、コスト削減やJIT(ジャスト・イン・タイム)生産用コンポーネントの納入などについて、サプライヤーに圧力をかけて利を得る慣行が広まっている。

 サプライ系列は多種の部品から構成される自動車、エレクトロニクス、機械などの分野で最も広く浸透している。サプライ系列の取引高を正確に算出するのは難しいが、少なくとも銀行系列と同水準の15%前後と推定される。つまり、外部を含めた系列全体の取引高の少なくとも30%(一部の推算では50%)が、系列企業で占められているということになる。外国企業の"侵入"(経営参加)について系列は、"経営陣の分裂を招く"と考える。最近ブーン・ピケンスが小糸製作所(トヨタのサプライ系列)をコントロールしようとした際に、小糸側が強く抵抗したケースがその1例である。

 日本の系列は次のような理由で、"非能率化の処方箋である"という見方もある。需要ルートが確保されているサプライヤーは、高くて粗悪な製品を供給することが十分考えられる。また、資金難に陥れば銀行が救済してくれるという安心感から、競争力を失いがちになる。

 しかし実際には、製品の質や価格が競争力を失えば、長年取引してきたサプライヤーでも手を切るであろう。銀行側としても経営不振が長期化するような系列企業には、資金援助を行わない。それに代わって、業務の縮小ともっと有望な分野への多角化について支援をする方針を選ぶ。一方、コンピュータ、人工衛星、航空宇宙、バイオテクノロジーなどの戦略的分野については、たとえ経営難であっても積極的に支援する、というのが系列の方針である。その点で系列は、これまで苦しい経験をしたことはない。

Marie Anchordoguy

著者紹介:
Marie Anchordoguyはワシントン大学国際研究学部の日本研究学科助教授。氏は"Computers Inc.: Japan's Challenge to IBM"(Harvard Business Press, 1989年)の著者。

 一方、アメリカ企業は設計技術では優れているが、その多くは分散していて、資本化も不十分で、長期的な展望を欠く。加えて、技術革新によって自ら創出した市場で、商業ベースの成果を上げるのに必要な、組織構造、戦略、業務面の技術などの開発に失敗した。ヨーロッパ企業の多くは、アメリカの企業より明確な最終的ビジョンはあるが、スタートを切るのが大きく遅れたために、テクノロジーと市場評価についてアメリカの協力が必要である。少数の例外はあるものの、統合化されたデザインの迅速な開発と柔軟性のある量産という点で、欧米企業は日本企業に大きく水を開けられている。

 アメリカの企業や大学、標準設定組織は、現在でも次のような分野で、技術水準の指標となっている。コンピュータ・サイエンス、システムアーキテクチャー、革新的デザイン、ネットワークづくり、ソフトウエア、デジタル・コミュニケーション、それに半導体メモリーなどの技術面でアメリカは優位に立っているが、日本はハードの面で世界市場を制覇する可能性は十分ある(アメリカは100億ドルの半導体メモリーの世界市場を失った)。

 ところで、コンピュータ業界のテクノロジーの進展による影響は避けられないものの、欧米企業の後退に歯止めをかけることはできる。すでに一部の欧米企業では、初歩的な同盟形態による新しい戦略的ビジョンを打ち出す兆しが現れている。IBMや大手ヨーロッパ企業の発案によるものが大部分で、現状ではまだ改善すべき点が多い。今後、欧米企業がデジタル情報産業で競争力を持つためには、新しいデジタルシステムの構築を目指して、相互の同盟関係を画期的な産業構造に発展させていく必要がある。その方法としては、戦略的に緊密な関係を保ち、企業家精神を重視し、柔軟性のある、大規模企業集団の構築が中心となろう。要するに、欧米企業は日本の系列に相当する、ユニークなアメリカ型(あるいは欧米型)の企業グループを結成する。そして、韓国、台湾、シンガポールなどの企業の生産資源を統合しつつ、想像力と勇気をもって、目標に向けて行動を開始しなければならない。