1983年、ある製紙会社の最高経営責任者は難しい決断を迫られていた。彼は取締役会を召集して、子会社の破産宣告申請をせずにすむ方法がないかどうかを検討したところだった。2年前に買収したその子会社は、毎月100万ドル以上の欠損を出していた。買収は会社の業績の伸びにつながることを期待して行われたにもかかわらず、今や経営陣は評価額切り下げが予想される事態に直面していた。会社の株価はすでに40%も下落していた。

 しかし1年後、この製紙工場は損益五分五分にこぎつけ、今日ではかなりの収益を上げている。会社全体としてみても、1株当たりの収益は1983年から1989年の間に、新株発行の調整済みで3倍となり、株価もおよそ10倍に値を上げた。工場のマネジャーの多くが、すっかり変身を遂げた会社に賭けてきた見返りに、退職後の悠々自適の年金生活を期待できるのだった。

 いったい何が起こったのだろうか。簡単にいえば、製紙工場で働く全員が問題解決の担い手になったのである。マネジャーも工員もともにイニシアチブをとって、ただ問題を見極めるだけでなく、問題を見極めて製品の改良を図るためのよりよいプロセスをつくり上げる術を学び取ったのである。彼らのアプローチは、計画策定に当たる上級マネジャーが責任を引き受けて部下に指図をしていくやり方ではなかった。全組織が一丸となって学び取る術を身につけたのである。彼らの成功の秘訣は、1年以上をかけての学習のプロセスであり、そのプロセスの中で、従業員が段階的に複雑化していく4段式の問題解決のループを開発したことである。不良品の差し止め、問題の発生防止、根本原因の究明、先行見通しという4段階である(図1参照)。

段階の設定

 製紙会社の最高経営責任者と上級マネジャーにとって、この学習プロセスをスタートさせることは容易ではなく、見通しもはっきりしていなかった。そうするよりほかに工場にチャンスを与える方法がなかったというだけのことだった。

 取締役会から2カ月の間に、経営陣はいくつかの難しい、しかしどうしても必要な決断を下した。まず、規模が小さく、非能率的で、コストのかかるパルプ工場を1つ閉鎖し、3台の製紙機械の運転を停止した。およそ25%に当たる従業員の一時解雇に踏み切り、この工場が住民の最大の雇用先となっている小さな町に深刻な打撃を与えた。工場長の解雇も断行した。しかし、こうした策は、赤字のペースを遅らせる程度にすぎないことを、経営陣は承知していた。せいぜい1年間何とか息をついでいる間に、経営の好転を待つための窮余の策だった。果たして好転できるかどうか、それは工場で生産されている製品の混合具合を変えられるかどうかにかかっていた。しかも、最初はそれも無理だろうと思われた。

 工場が生産している13種の製品ラインの中で、収益を実際に上げていたり、その可能性があるのは、この工場独特の製造技術と装置を備えた4種類だけだった。残りの製品はほとんど儲けにはならず、機械を運転しておくために原料を投入しているようなものだった。3台の機械の運転停止によって、こうした不要とも思える製品はいくらか減ったとはいえ、これらの機械は全生産能力のわずか20%を占めているにすぎなかった。従って、収益の見込みも少ないまま生産されている製品がかなり多かったのである。しかし、この工場が全体的な生産目標ラインを削ってでも維持していこうとするなら、利益見込みの少ないラインを即座に切り捨ててしまうわけにもいかなかったのである。

 当然ながら、売れ行きのよい4種の製品ラインの生産量を即刻拡充しなければならないことは明らかだった。顧客を引きつけるために製品価格を引き下げることは論外だった。そんなことをすれば、収益の可能性が全くなくなってしまうからであった。そうなると、品質とサービスの向上を図るしかなかったが、実はこの2つの面で、この工場は著しい不評を買っていたのである(この工場は品質面と納期の遅れの問題を常に抱えていた。さらに悪いことに、たちの悪いストライキが長引いて、つい数カ月前にようやく解決したばかりだった。ストライキの最中に、最高経営責任者は夜間に帰宅の途中、車のブレーキが壊されているのに気づいたことがあった。労使関係は、好調時でも対立が目立っていた)。

 経営側は、最初は工場の問題にトップダウンのアプローチをとっていた。上級マネジャーがまず会合を開いて、自分たちの目を通してとらえた問題を分析し、工場が生き残るためにとるべき10項目の重要な対策案を決定した。ところが、これらの対策案の多くは多額の資金を必要とし、人員の増加も図らなければならなかった。会社にそれだけの資力の余裕はなく、親会社から必要量を充当してもらうことも不可能だった。さらに、対策案は、しばしば解決に時間とコストがかかるような特定の問題の解決に焦点を合わせたものだった。その一例が、2台の製紙機械をつくり直して、1枚の紙の縦・横金面の厚さのバラツキをなくそうという計画であった。機械をつくり直すのに2年の歳月と2300万ドル以上のコストがかかるというのである。しかも、果たしてこれで問題が解決するかどうかもよくわからないという有り様だった。

 いよいよ事態が急を告げたのは、最高経営責任者の監査役が、計画策定に当たるマネジャーから提出された案を受け取って、それを実施する全体的なスケジュールを検討したときであった。それを検討した結果を見て、経営陣は仰天した。損益五分五分に達するまでに、少なくとも5年かかるというのだ。日ごとに赤字が累積している状態だというのに、そのような時間をかけている余裕は会社にはないのである。経営陣としてはもっと早急に改善結果を出せる方法を見つけなければならなかった。さらに検討を加えた結果、取締役会は4つのアプローチを明らかにした。経営資源の増大を図る、てこになる確率の高い問題点だけに数を絞る、より迅速に問題点を見極める、個々の経験から学び取ってその後の努力に生かす、という4点であった。しかし、十分な経営資源を手にする方法はただ一つ、会社の総力を挙げて、工場の品質とサービス向上に協力することであった。