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今日の主導的立場にある会社の多くに見られることだが、トップ・マネジャーは自分たちの会社の舵とりができなくなりつつある。問題は、ますます複雑になりつつある環境や、環境の変化自体がより速くなっていることから生じるもろもろのニーズに関しての判断を、マネジャーが誤ったということではない。また、一連の新しいチャレンジにふさわしい戦略を開発することができなかったということでもない。問題は何かというと、せっかく開発した質の高い戦略を実行に移す能力に、組織上の面で欠けている、という点である。過去20年を振り返ってみると、戦略的思考が、組織的能力をはるかに上回っていることがわかる。
1980年代を通じて一貫していえることは、所在地に関係なく、すべての会社が、市場のグローバル化、競争の激化、製品のライフサイクルの短縮化、及び納入業者、顧客、社員、政府、さらには競合会社との関係の複雑化といったようなもろもろの状況の変化に対応すべく、戦略を練り直し、仕事の進め方の改変に努めてきた。しかしながら、これらの変化しつつある環境という現実への対応に闘いを挑むに当たり、多くの会社は2つの落とし穴の中のいずれか1つに陥った――1つは戦略的なわなであり、他の1つは組織的なわなである。
戦略的わなは、複雑で動態的な問題に対して単純で静態的な解決を当てはめようとしたことにあった。この場合、わなにかかるもととなった餌は、多くの場合、複雑さや断絶を単純化しよう、少なくとも複雑さや断絶の程度を軽くしようと呼びかける、コンサルタントの甘い歌声であった。産業間の境目がオーバーラップし合うために起こる新しい要求にもかかわらず、また、付加価値を持つ連鎖組織体が大きな変化を示していることから生まれた新しい要求にもかかわらず、マネジャーは、"自分なりの編み方に固執"しさえすれば成功を約束されていた。世界の政治経済が急速に変化を示しつつある中で、マネジャーは、拡散した海外業務の中で支配的な力を発揮すると同時に、「トライアドマーケット」に集中して力を注ぐように勧告を受けた。また、ますます複雑さを増し、高度化が進んでいる競合的環境の中では、彼らは、2つの"一般的な戦略"すなわちローコストまたは差別化、の両者の中からどちらかの戦略を行うようにと勧められた。
しかしながら、ほとんどの会社の場合、戦略上の現実は、ビジネスの面でも、環境の面でも、実体はもっと複雑であったというのが本当の姿であった。それにもかかわらず、コンサルタントの提案する解決案は、多くの場合、単純であり、単純すぎる傾向すら見られた。1つの考え方と組織にこだわった伝統ある電話会社は、競合会社に踏みつぶされてしまった。その競合会社はテレコミュニケーション、コンピュータ、及びオフィス設備を一つの統合化されたシステムに結び付けた新しい技術に対応して自社の戦略を再定義したのである。トライアドマーケットに集中したあるパッケージ商品会社は、ヨーロッパ、日本、及びアメリカは世界的な競争活動の中心地であり、オーストラリア、トルコ、ブラジルのような比較的外部から保護されていて競争状況の激しくない市場と比べると、リスクは大きく利益は薄いということに気づくにはそう時間を要しなかった。二者択一的な、一般的戦略を採用した家電会社は、コストと差別化の両能力を同時に開発することのできる競合相手に直面する羽目になった。
近年においては、単純化しすぎることが戦略的わなであることに気づいたマネジャーの数が多くなるにつれ、彼らは複雑さの最小化に努力するより、むしろマネージする必要性を認め始めた。しかしながら、一層複雑になりつつある戦略的要求事項に対応するためには、組織機構をますます複雑化することが最善の対応であるという結論をマネジャーが持つに至ったとき、この認識により、同じように危険な組織上のわなに陥ったのである。
複合的かつ同時的なマネジメント能力を要求する戦略に対する明らかな組織上の解決は、1970年代後半から1980年代前半にかけて非常に流行したマトリックス組織であった。この組織が持っている並行的報告関係は、機能別、製品別、及び地理別のマネジメントグループが有する多種類の、相反するニーズを認めたもので、これらのニーズの解決に対応するための公式的な機構を提供した。その複合的な情報チャネルは、組織が外的複雑性を把握して分析することを可能にした。また、マトリックス組織では責任が重複するが、これは、セクショナリズムを排除し、会社の変化への対応に柔軟性を組み入れることを目的としていた。
しかしながら、現実にはマトリックスは――特に国際的な場においては――ほとんどマネジメント不可能という結果になった。並行的報告関係は葛藤と混乱を生んだ。委員会や報告書の数が増えたため、組織の動きが鈍くなった。同時に、チャネルの数の増加は情報の行き詰まりを生んだ。責任が重複することは、セクション間の小さな競合と責務(アカウンタビリティ)の喪失を生むことになった。距離、言語、時間、文化などの障害によって離れ離れになったマネジャーたちは、混乱を解消して葛藤を解決することは、実質的に不可能であることに気がついた。
振り返ってみると戦略上及び組織上のわなは比較的簡単なもので、避けることができそうに思える。従って、どうして、あれほど数多くのゼネラルマネジャーがこれらのわなに陥ったのかと不思議にさえ思われる。このいぶかりに対する答えの多くは、ゼネラルマネジャーの役割について、我々が伝統的に抱いていた考え方の中にある。何十年にもわたり、我々はゼネラルマネジャーを主要戦略エキスパート及び主要組織構築者として見なしてきた。しかしながら、競合環境が不安定になり予測不可能になるにつれ、1人の人間がこのような偉大な幻の役割を演じて成功を収めるのはだんだんと難しくなってきた。同様に、公式の階層的組織が、非公式の水平的コミュニケーション・チャネルを通じて機能する個人的関係のネットワークにとって代わられるにつれ、組織図上のボックスやラインを動かしながら1人だけ離れたオフィスのすみにいるトップマネジメントのイメージは、ますます時代にそぐわないものになりつつある。
逆説的にいえば、戦略や組織が複雑になり、高度化が進むにつれ、トップレベルのゼネラルマネジャーは、過去においては戦略や組織のような大きな問題に集中していたのを、人やプロセスにかかわる詳細な点に集中するように変わりつつある。最も重要な戦略的要件は最も独創的でうまく調和した計画をつくることではなくて、最も実行可能で柔軟性に富む戦略的プロセスをつくることである。主要な組織上の仕事は、最もエレガントな組織図をつくることではなく、社員個々人の能力を把握し、全組織が一致協力して複雑でダイナミックな環境に立ち向かうように動機づけを行うことである。
組織の構築
ビジネスを考える人は、戦略的革新については多くを書いてきたが、それに伴う組織上のもろもろのチャレンジについてはほとんど関心を払っていない。しかし、多くの会社は、新しい戦略上の必要条件に早く、柔軟性をもって対応するための能力をまひさせてしまう組織上の複雑さというわなに陥ったままでいる。



