マーケティングと財務の人間の意見が一致することはめったにない。マーケティングの人間が、「この製品によって全く新しい市場分野が開拓できる」といえば、財務の人間は、「この投資は感心しない。投資利益率が8%しかない」と応ずる。両者は、どうしてこうも対立するのだろうか。

 あるプロジェクトの収益性を決定するのに使われる財務上の基準は、競争的マーケティング分析の考え方と何ら矛盾するところはない。優れた財務分析は、正しく適用しさえすれば、優れたマーケティング分析と対立するどころか、むしろそれを補完する。ところが実際には、その分析が不十分な場合が多い。これが、戦略的投資の予想利益がマーケティング側の戦略思考とかくもしばしば食い違う理由である。

 財務の立場からいえば、よい投資とは正味現在価値(NPV)がプラスになるもの――すなわち、その価値がコストを上回るような投資のことである。マーケティング側は、よくプロジェクトのNPVなんか財務屋の算術の結果にすぎないと考えがちだが、NPVはマーケティング上の戦略的課題から導かれるのである。NPVがプラスになるためには、当該プロジェクトは2つの関門を突破しなければならない(1)。すなわち、この製品なりサービスは、それを供給するコスト――資本の機会コストを含む――を上回る価格と数量を正当とする十分な価値を十分な顧客に提供できるのか。この命題は戦後のマーケティングと「マーケティング概念」にとって中心的なものである。第2にわが社は、この事業機会に飛びつき、それを開発し、そして防衛するのに十分な競争優位な経営資源を長期にわたり持ち続けられるのか。この命題は、近年マーケティングで特に強調されている競争戦略の考え方を反映している。従って大事なことは、財務分析が以上2つの基本的マーケティング命題を避けて通るのではなく、むしろそれに焦点を当てるような投資の意思決定プロセスをつくり出すことである。

 ファッション・バスルームズ社を例に考えよう。同社は正体を隠しているが、実は昔ながらの鋳鉄の浴槽をつくっている多角的エンジニアリング会社の一部門である。同社の最高経営責任者と上級経営者たちは新しい投資案件を検討していた。1つの選択は、プラスチックの浴槽より有利な軽量浴槽を製造する革新的な独自の鋳造プロセスを採用することだった。2000万ドルという投資額はマーケティング側の立場からすれば妥当と思えたが、その投資のNPVは200万ドルのマイナスになった。

 そこで議論が続けられた。トップ・マネジメントの何人かは数字を信用すると主張した。彼らの主張は、確かにこのプロジェクトで、多くの点で優れた特徴を持つ製品が生み出せるだろうが、資金の必要額が大きすぎる、というものだった。しかし、最高経営責任者とその他何人かにとっては、この「プロジェクト・ライトウエート」はなぜか直観的に魅力があった。収益見通しがマイナスでもぜひ実行してみたかった。マーケティング担当重役の言葉によれば、「ただ事業を守るために投資しなければならない場合もあるんですよ、投資利益率がどうあれ」ということである。

 結局のところ、マーケティング側のセンスから見てファッション・バスルームズ社にとってよいことは財務的に見ても同社にとってよいはずだった。当初の分析は全くこの現実を反映していなかった。財務分析を練り直すために、全マネジャーはマーケティング戦略に立ち返り、さらに突っ込んだ検討を行った。今度は財務分析が、どんなマーケティング課題を再検討しなければならないかを明らかにする上で役立った。

 優れたプロジェクト評価は、定量化しにくいコストとメリットを含め、すべての関連事実を検討する。さらにまた、投資しなかった場合の影響という普通無視されがちな側面も検討する。優れた評価は、いくつかの選択肢を残すことの価値を認めているし、一方的に時間の枠を制限したり割引率をあまりに高く設定したりしないで、長期的プロジェクトの過小評価に陥らないよう心がける。プロジェクト評価を理解することはやさしいが、実際に評価するとなるとなかなか大変である。

正しいベースケースを使え

 プロジェクトの評価はベースケース、すなわちそのプロジェクトが実施されなかったらどうなるか、と比較してなされるものだというのが、財務理論の考え方である。マネジャーたちはプロジェクトを実施することの意味合いについては細かく分析するが、投資をしなかった場合、どんな結果になるかの分析にはあまり時間を使わないものだ。しかもベースケースが現実的でないと、増分キャッシュ・フロー、すなわちシナリオ「有り【ウィズ】」のケースと「無し【ウィズアウト】」ケースの差は判断を誤らせるだろう。

 ベースケースは単なる現状の延長線だと暗黙に了解している企業がよくあるが、この前提は市場のトレンドや競合他社の動きを無視している。それから、この前提では、生産管理の向上のようないずれ進行する会社の諸変化のインパクトも無視している。

 間違ったベースケースを使って新製品発表を行った場合の典型的な例が、新製品のために会社の既存の製品市場が侵食されてしまう場合だろう。アップル・コンピュータによるマッキントッシュSEの発表を例にとろう。この新型パソコンは、それ以前に発売されていた旧世代マッキントッシュの販売に影響を及ぼすことは明らかだった。新製品から生ずる増分キャッシュ・フローを分析するためには、アップル社は既存製品の販売減による損失利益を新製品発売のコストとして加える必要があったと思われる。