我々はアメリカの競争力を回復しなければならないという声を、全米で聞くことができる。しかし"我々"とはだれを指すのだろうか。IBM社やワールプール社、そしてゼネラル・モーターズ社だろうか。それともソニーやフィリップス、ホンダであろうか。

 2つの成功企業の例を考えてみよう。

□A社はニューヨーク市の北に本社を置いている。ほとんどのトップマネジャーはアメリカ市民である。役員は全員アメリカ国民であり、株式の大多数はアメリカの投資家が保有している。しかしA社の従業員の大半はアメリカ人ではない。A社がR&Dや製品設計活動のかなりの部分と複雑な製造の大部分をアメリカの国境外、すなわちアジア、ラテンアメリカ、ヨーロッパで行っていることも確かである。アメリカ市場におけるA社の製品は、国外の研究所や工場に起源を持つものが増え続けている。

□B社の本社はアメリカ国外の工業国にある。B社のトップマネジャーと役員の大半はこの工業国の国民であり、株式の過半も同じこの国の国民が保有している。しかしB社の従業員の大半はアメリカ人である。しかもB社は、R&D活動と新製品設計活動の多くをアメリカ国内で行っている。さらに製造活動もほとんどアメリカ国内で行っている。B社製品に占めるアメリカ製製品の輸出比率は増加しており、その一部は、B社の本社がある国に還流している。

 さて、そこで"我々"とはだれを指すのだろうか。ここに挙げた2社のうち、どちらがアメリカの企業で、どちらが外国企業なのであろうか。どちらの企業が、将来のアメリカ経済にとって重要なのであろうか。アメリカ経済のグローバル化が進むとともに、A社やB社のような事例が増えてきている。それと同時に、アメリカの競争力についてのアメリカ国民の関心も強くなってきている。

 アメリカの競争力の改善を推進するのはアメリカ企業である――というときに多くの人は、A社を念頭に置いているであろう。しかし今日では、アメリカ人が所有する企業の競争力はアメリカの競争力と同義ではない。事実、アメリカ人が企業を所有していることとアメリカの経済的将来との関係は、アメリカ人労働者が行使するスキルや訓練、知識との関係に比べれば大幅に弱まっている――このアメリカ人労働者のうちアメリカ内の外国人所有企業に雇用される者は増加傾向にある。

 従って、我々とはだれを指すのだろうか。その答えは、アメリカの労働力であり、アメリカの人々である。決してアメリカの企業ではない。この新しい答えの意味するところは明らかである。すなわち我々がアメリカ経済の競争力を回復したいと望むならば、我々は、アメリカ国籍の企業に投資するのではなく、人に投資するべきである。我々は世界中の投資家に対して国境を開くべきであって、単にアメリカ国旗を掲げているからといってその企業を歓迎するべきではない。そして政府は、わが国の人的資本を強化する政策をとるべきであって、アメリカの企業が"わが国"のために投資をするという前提で政策をとるべきではない。アメリカの企業が"我々"だという単純な状況ではなくなっているのである。

グローバルな企業

 アメリカの企業は、ここ数年間、場合によっては数十年間外国で活動している。従って、ある意味では、アメリカ企業の多国籍性は何も新しいことではない。新しいのは、アメリカ人が所有する多国籍企業がアメリカ人よりも多くの外国人を雇用し始めていること、技術的に最も複合した活動の多くを外国にある施設に依存し始めていること、そして外国にある施設から(アメリカへの逆輸入を含めて)輸出し始めていることである。

 世界中でその数はすでに大きなものとなっている――そしてなお拡大しつつある。IBMを見てみよう。IBMは、競争力のあるアメリカ企業のサラブレッドだと考えられることが多い。IBMの全世界の従業員の40%は外国人であり、この比率は上昇している。日本IBMは、1万8000人の日本人従業員と60億ドル以上の年間売上高を誇っており、日本の主要なコンピュータ輸出企業となっている。

 あるいはワールプール社を考えてみよう。アメリカ人労働者を10%削減し、フィリップスの電気機器事業を買収した結果、ワールプール社は今では世界45カ国で4万3500人の従業員を雇用している――そのうちの大部分は非アメリカ人である。もう1つの例は、テキサス・インスツルメンツ社である。同社は、研究、開発、設計、製造活動の大部分を東アジアで行っており、日本だけで5000人を雇用して、先端的半導体を生産している――そしてその半分は輸出しており、その多くはアメリカに逆流している。