サーモンド・テキスタイルの国際開発担当副社長G. パーカーは、10年近くの間"中国プロジェクト"について日記をつけてきた。以下にその抜粋を紹介する。

1979年9月18日 ニューヨーク

 会議はようやく開かれ、ドン社長以下最高幹部それに私が参加した。議題は中国プロジェクト。票決――賛成。私がこれまで香港や台湾で展開してきた合弁事業や調達契約の成果を認め、次は"中国に進出したい"という私の提案を受け入れたのだ。

 中国について、私は次のような分析を行い最高幹部の合意を得た。①中国の扉は開かれつつあり、中国人は外国の投資を熱心に求めている。先手を打てば生産を先取りできる、②賃金はわが社の香港の水準をさらに下回る予想。最大の関心事は品質と見られる、③繊維は中国経済が本来進むべき方向と思われる。当社はテクノロジーと経営のノウハウを提供した後に、中国からの輸出をどう配分するかを算定する。

1980年2月9日 上海

 明日、北京にたち数日間観光した後ニューヨークに戻る予定。中国プロジェクトは、理論的には成功の見込みはついていたが、今現地を訪れて改めてその将来性を認識した。少なくとも私の体験からすると、このプロジェクトは是非とも推進すべきだ。

 まさに百聞は一見にしかずだ。特に人の多いのには驚く。どこを向いても人の波、そしてみんな同じような服装をして同じように見える。だが外資を歓迎する態度ははっきりと読み取れる。

 軽工業輸出入公司の上海支社の最高幹部と会い、上海を案内されたり、わが社について熱心な質問を受けた。また、上海市長や市の役人にも会う機会を得た。

 中国料理のなんと豪華なことよ。人をもてなすことにかけては中国人は天才だ。今はまだ予測をするのは早すぎるが、私の勘では中国側は乗り気になっており、風向きはよく、当社のプロジェクトと相性はよさそうな気がする。

 帰途、わが社の香港支社に立ち寄って、中国プロジェクトについて簡単に説明する予定。中国への進出を警戒している香港スタッフとしては、自分たちの協力なしには、成功はおぼつかないとしている。そしてもし成功すれば、香港はどうなるのか不安に思っている。香港では資金調達について、適当な金融機関に当たってみるつもりだ。

1980年3月22日 ニューヨーク

 私の中国リポートとニューヨークやワシントン在住の元国務省関係者から得たその後の情報をもとに、ドン(社長)と経営陣は、上海での合弁事業の可能性を真剣に検討することに同意した。

 北京ではなく上海を選んだのは、いくつか理由がある。まず第1に、上海市長が繰り返し主張するように、上海は中国最大の都市であるばかりでなく最大の商業中心地で、中国の全生産品の5分の1以上が上海港から出入荷される。また、熟練労働力が最も多いこと、中国一のコスモポリタン都市であることから、合弁企業のアメリカ側のマネジャーを募集する際に有利な条件となろう。